韓国ミュージカル『美女はつらいの』の日本公演に対して、公演差止めを求める仮処分が申し立てられた件に関して。
三者の主張が出揃ったようなので、三者それぞれの主張、法律上の争点、日韓の公演コーディネートに携わる立場からの見解を書き留めておこうと思います。
ちなみに、私自身は、漫画は全5巻読破、韓国版映画は数回鑑賞、ミュージカルは未見、です。
○関係者それぞれの主張
・鈴木由美子(講談社)
原作者の許諾がないままミュージカルを上演するのは著作権の侵害にあたる。
<47NEWS><テレビ朝日>
・松竹
総合的に考えて権利関係に問題はないと判断して上演権を獲得した。
<松竹プレスリリース>
・韓国製作会社
太ったヒロインが全身整形をするということを除けば、全く異なる設定の作品。
<중앙일보><스포츠조선>
○争点
・漫画原作の作品か、「オリジナル作品」か
著作権を侵害されたという漫画作者の主張は、漫画がミュージカルの原作であることを前提にしています。
一方、韓国製作会社は、太ったヒロインが全身整形で美女になったという点以外は、シナリオ自体全く違う設定となっている別の作品である(=漫画はミュージカルの原作でない)と主張しています。
漫画が原作なら漫画作者の許諾が必要(=許諾がなければ著作権侵害に当たる)、漫画が原作でなければ漫画作者の許諾は不要(=著作権は問題にならない)、というシンプルな話です。
そして、---これは漫画作者と韓国製作会社との間の問題であり、松竹としては、この作品が「オリジナル作品」と考えられたこと、韓国公演から3年間講談社から韓国製作会社へ何の主張もなかったことの2点から、権利関係に問題はない(=漫画原作でない)と判断して上演権を獲得した---というのが松竹の立ち位置。
○私の見解
このミュージカル作品が漫画原作であるかどうかの判断は、すでに司法の場に委ねられており、私が下す筋のものではありませんし、そもそもミュージカル作品未見ですので、下すつもりもありません。(映画に関しては、漫画を原作としてはいるものの、ほとんど別の作品と思ってます。)
以下は、日韓間で公演のコーディネートをしている立場からの今回の問題に関する見解です。
この一件は、ミュージカル化に合意しないで交渉を物別れに終わらせた漫画作者(出版社)の失敗事例だと考えています。私自身が関わる案件であれば、合意することを前提に2つのオプション提示してどちらかを選ぶように強力に日本側(漫画作者・出版社)に進言したと思います。
その理由は、次の2つです。1つは、漫画→映画→ミュージカルという経緯でのミュージカル企画であり、映画を基にした(と考えられる)ミュージカル作品に対して漫画作者が原作者としての権利を主張できるかどうか微妙だから。2つ目には、当時(韓国でミュージカル化の企画が持ち上がった2006~07年頃)すでに韓国内ではミュージカル・ブームが巻き起こっており、ミュージカル版『美女はつらいの』が大ヒット・ロングランする可能性、さらには海外進出を検討する可能性が考えられたから。
金額は二の次、三の次にしてとにかく合意し、正式な契約を結ぶことによってミュージカル作品に対する権利を主張する足場を確保しておきたい、ということです。
さらに付け加えれば、今回は映画製作会社(KMカルチャー)がミュージカル製作にも携わっていましたが、映画製作会社が「映画のミュージカル化の権利」を第三者である他社に譲渡してしまう可能性もありました。もしそうなれば、原作の漫画作者は映画の著作者ではありません(=映画に対する著作権はありません)から、漫画作者が何の権利も主張できないところでミュージカルが製作されることになります。(韓国側の立場に立てば、ここがKMピクチャーズのミスです。映画のミュージカル化権を他社に完全譲渡しちゃえばよかったのですね。大企業なら、グループ内の別会社に権利譲渡するという手も使えたかも。)
もし、漫画作者がどうしても合意できないというのであれば、その後の韓国側の動きを注視しているべきでした。日本の漫画作者の権利が及ばないところでミュージカルを製作してくる可能性があったからです。
パターンは2つ。上記のように「映画原作」のミュージカルを製作する可能性。また、漫画を原作とした映画がすでに漫画とは大きく異なった設定・ストーリーで作られており、映画原作を標榜しなくても、この設定・ストーリーなら漫画とは別作品と判断して、ミュージカルを製作する可能性。韓国製作会社は後者の道を選んだわけです。
一般論としても、日韓の間には興行上の慣習(公演に関する権利関係の解釈も含む)の違いがかなり存在し、日本の公演関係者が予想できない動きが出てくることがよくあります。日本側の権利を主張するためには、韓国側の不測の動きをチェックしている必要があります。(私自身は、一緒に仕事したことのある日本側の製作会社さんには、関連コンテンツで韓国側が連絡なしに企画を進めてると気づいた段階ですぐに報告を入れてます。)
また、ミュージカルや演劇の公演では、再演時に演出はもちろん脚本内容からして大きく変更されることがままあります。韓国では特にそうした傾向が強く、創作モノでは再演の度に作品内容の変更修正を繰り返して、より良い作品を創作していく製作スタイルが確立しています。そのようなケースで、大元の著作物の作者にどこまでの権利があるのかはケースバイケースの判断になると思います。(初演時に銘打っていた「原作」が、数回目の再演から消えて、その後「オリジナル作品」となった例があります。また、再演を繰り返すヒット作に絡んだ著作権侵害訴訟も過去に複数の例があります。)
いずれにせよ、先方の動きを注視していないと、権利を主張するタイミングを逃します。
それやこれや勘案すると、とにかく合意して契約書作って、首根っことまでは行かなくても尻尾ぐらいは掴んでおく方がいいですよ、というのが私の提言です。韓国は権利関係で面倒なことになるから関わりたくないと、及び腰の方が最近増えてるとも聞くのですが、それは残念なことですし、関わらなければ問題起きないわけではありません。今回の事例がその一例。
関係者の皆様、どうぞご留意下さい。
この記事、次の記事を読みましたが〜…
返信削除簡単に韓国と日本の著作権の考え方がかなり違うんだろう…と大雑把に考えていたんですが〜、そんな事が…Σ(|||▽|||)!!
うーん、理屈に合っているような違っているような…しかし…『〜原作』から進化して『オリジナル』へと変化するとは!?
日本では考えられない…
裁判所が一体どんな決定を出すのか静観したいと思います…