これまた、当初の切符は風邪でゴミ箱行き。再度入手しての観劇でした。3階席が取れず、意に反して1階にて。
1月25日(日)11時
新橋演舞場
一等・1階17列30番台
「二人三番叟」
この演目には思い入れがあります。その昔、猿之助・段四郎で見た「二人三番叟」は息つく間もない面白さで、私は歌舞伎舞踊の魅力に開眼したのでした。パンフレットの上演記録によれば、昭和60年7月歌舞伎座の公演です。
今回の右近・猿弥コンビによる「二人三番叟」、とても注目してました。この演目、歌舞伎でも日舞でも、体つきと所作がそっくりになる親子・兄弟で踊るのが一般的です。他人同士の二人、猿之助・段四郎の血縁でない二人が、猿之助・段四郎兄弟の芸をどう継承してくれるのか。ちょっと大げさに言えば、澤瀉屋の芸の行方を占う演目でした。
で、どうだったかと言えば、素晴らしいの一語に尽きます。よくぞここまで、と思いました。体型も動きも違う二人がぴったり合わせて踊る様子を見ながら、どれほど稽古を積み重ねたことかと思いを馳せてしまいました。
二人があまりに真摯なので、お客さんが笑えなかったのが難と言えば難。でもこれは上演を重ねれば自然と解決するでしょう。そのためにも、再演、再々演を期待してます。必ずまたやって下さい。お願いです。
「口上」にらみ
「にらみ」は怖くて大きくて、ちゃんと市川家の芸になってました。
江戸時代、団十郎に睨まれれば瘧が落ちる、と言われてました。最近では一年間風邪をひかないと言ったりするらしいです。正月早々にまずこれを見るべきだった、と39.4度の熱が下がった今、思ってます。
「義経千本桜」木の実・小金吾討死・すし屋
海老蔵がのびのびやってました。セリフは一時期ほど変じゃなかったです。でも、「木の実」で、江戸の世話物の匂いがぷんぷんしちゃうのがどうも。関西でも義太夫でもなく。
「すし屋」は、登場人物の身分や格がきっちり表現できてないと成り立たない演目なので……高貴なお方と庶民の輪郭がグズグズになっちゃうと、芝居全体の面白みが薄くなります。
「お祭り」
この演目、どうして付けたのでしょう? 附祝言?
お祭り、余分だったよね。
返信削除正月芝居を、最後に死んで終わりにするわけにいかなかったんでしょうね。
もうお腹いっぱいになってデザートもいらん、という気分だったよね。
pyokoさん
返信削除お祭りはいらなかったですよね~。
踊り自体、面白く見られる水準に達してないんだし。
いや、ほんと、竹本にめでたい一節語ってもらって打ち出し、としてもらいたかったです。