2006-12-09

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(12月9日)
12月8日 ミュージカル「マリア マリア」



[ミュージカル]マリア マリア/마리아 마리아

20:00
芸術の殿堂 トウォル劇場
1階B列77番 64,000W(早期予約20%割引)
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音楽:チャ・ギョンチャン/차경찬
脚本・作詞:ユ・ヘジョン/유혜정
監督:ソン・チョンモ/성천모
出演:ユン・ボッキ/윤복희(盲人)、ホ・ジュノ/허준호(イエス)、カン・ヒョソン/강효성(マリア)、イ・スンチョル/이승철(バリサイ人)、キム・ヨンワン/김영완(ペテロ)、キム・テヒョン/김태형(大司祭長)
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 JOAミュージカルカンパニー制作の創作ミュージカル。2003年初演、2004年韓国ミュージカル大賞で最優秀作品賞、音楽賞、作詞賞、主演女優賞(カン・ヒョソン)を受賞。今年9月下旬からは約3週間のブロードウェイ公演を行い、「ブロードウェイ進出」を果たしている。

 マリアはローマ軍人の相手をする娼婦。バリサイ人に、イエスを誘惑すればローマへ連れて行ってやると言われる。奇跡を起こすイエスを崇める人々が増え、バリサイ人はイエスを危険人物と見なしていた。マリアは底辺の生活から抜け出してローマへ行くためにイエスを誘惑しようとするが失敗、バリサイ人に殺されかける。危うい所をイエスに助けられたマリアは、イエスに新たな気持ちを抱く。
 娼婦マリアの家から出て来たことで、イエスは非難される。イエスを窮地に陥れてしまったことを苦悩するマリアに子供時代のおぞましい記憶が蘇る。絶望するマリアを救ったのはやはりイエスであった。イエスは十字架に架けられるが、マリアはイエスへの愛によって生まれ変わる。

 初日のせいか一幕前半は固さが目立った。いきなり息切れしてるし。凝った照明と大道具にひきかえ、歌と音楽と芝居がしっくり来ない。娼婦マリアを大胆かつコミカル(漫画的)に演出しているのもやり過ぎの感がある。元々大学路で初演された作品で、地下の狭い劇場に若い役者のエネルギーが溢れるミュージカルなのだろう。そんな中、ホ・ジュノの歌は圧巻。大劇場ミュージカル水準の歌と芝居になっている。そのため一人浮いているのだが、イエスという役柄ゆえそれはそれではまっている。
 二幕、舞台全体が落ち着き、アンサンブルも生き生きとして客席のノリも良い。マリアが純真な姿になると、カン・ヒョソンの伸びやかな声と豊かな声量が生きて、ホ・ジュノと釣り合いが取れた。子供時代の演技が白痴的なのはいただけないが。マリアの家でくつろぐイエスの魅力的なこと。劇の緊張感を構成するはずの大司祭長とバリサイ人が弱いが、公演を重ねる内に成長してくれそうな期待感がある。
 イエスとマリアはトリプルキャスト。キャストによってがらっと違った舞台になっているかも。
 フィナーレからそのままカーテンコールへ。アンコールでユン・ボッキが歌った「당신이었군요(あなただったんですね)」が切々とした情感の込もった素晴らしい出来。マリアの持ち歌だが正直マリアより数段上で、途中からはホ・ジュノも加わり、ご馳走のアンコール曲だった。

 終演後にサイン会あり。誰が出て来るのか分からないのに列に並んで待つこと10分、舞台衣装のままのホ・ジュノとカン・ヒョソンが登場した。ラッキー。プログラムにサイン貰った上に、ホ・ジュノに握手してもらって大満足。



2006-11-05

[演劇]ゴドーを待ちながら/고도를 기다리며

15:00
新村・サンウルリム小劇場
나列15番 24,000W(チケットリンク・ロイヤルパープル会員20%割引)
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原作:サミュエル・ベケット
翻訳:オ・ジュンジャ/오증자
演出:イム・ヨンウン/임영웅
出演:チョン・ククァン/전국환(ヴラジミール)、パク・サンジョン/박상종(エストラゴン)、イ・ヨンソク/이영석(ポッツォ)、チョン・ジヌ/전진우(ラッキー)、チョン・ギヨン/정기용(少年)
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 ヴラジミールとエストラゴンがゴドーを待つ話である。ゴドーについては何も分からないが、二人はとにかく待っている。とりとめもない話をしたり、ポッツォとラッキーがやって来たり、また去っていったり、少年が現れて「今日は行かれないが明日は必ず行く」というゴドーの伝言を伝えたり。

 エストラゴンのパク・サンジョンが上手い。ゴドーを待つことに執着もせず倦みもせず、その時々で新たな一瞬の連続の時間を淡々と生きている感じ。「行くか?」「ゴドーを待たなきゃ」「あぁ、そうだ!」と何度も繰り返されるセリフの「あぁ、そうだ!(참 그렇다!)」が同じように言っているのに決して同じになっていないのは見事。
 睡眠不足で何度か意識が飛んだが、この芝居ではそれが全く影響しない。いつどこで目が覚めても、二人は前と同じようにただゴドーを待っている。一言半句聞き漏らさずに見続けるべき芝居だろうとも思うし、時々眠ってまた起きて見てもいい芝居なのかもしれないとも思う。眠っている間にゴドーが来ない保証はないのだが。



[演劇]ソウルノート/서울노트

19:30
大学路・チョンボ小劇場
自由席 12,000W(チケットリンク・ロイヤルパープル会員20%割引)
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原作:平田オリザ(『東京ノート』)
翻訳:ソン・ギウン/성기웅
演出:パク・クァンジョン/박광정
企画・制作:劇団パーク
出演:チェ・ヨンミン/최용민、キム・ジャンホ/김장호、シン・ドコ/신덕호、チェ・ソニョン/최선영、キム・ボヨン/김보영、ファン・ヒジェ/황희재、パク・ユンギョン/박윤경、チョ・ジョンファン/조정환、チャン・ソニョン/장선연、ソン・ハンギョン/성한경、ハン・スンド/한승도、ホン・ソヨン/홍서영、チェ・ウク/최욱、コン・ノユン/공노윤、キム・ヒョンジョン/김현정、ソン・ヘソン/송혜선、チョ・ギョンジュ/조경주
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 時は近未来。所は韓国のある美術館の休憩室。戦争の続くヨーロッパでは貴重な美術品を海外に疎開させており、この小さな美術館にも相当数の絵画が送り込まれている。展示室ではベルメール展が行われている。鑑賞の合間に、絵を見るのに飽きて、おしゃべりのため、様々な人が休憩室を訪れ、また去っていく。久しぶりで集まった家族・親戚たち、父の遺産の絵画を寄付するために来た姉弟と弁護士、見合いをして間もないカップル、従軍している青年と彼女、美大の女子学生と友人、美術館の学芸員、学芸員を辞めて田舎に帰った青年。思い思いのおしゃべりから人それぞれの事情がぼんやりと描き出され、見知らぬ者同士のぎくしゃくした会話や意外な再会がさざ波を引き起こしては、また静まって行く。

 舞台はベージュの壁に三方を囲まれたシンプルな部屋。3人掛けのベンチが縦3列に置かれ、上手奥には図録の展示用本棚、その隣には2人掛けベンチ。上手と下手それぞれに廊下へ続く出入口、正面左手に展示室への階段がある。動線はシンプルだが分かりやすく効果的。
 15分前に客席に入ると、すでに舞台上で「休憩」している役者がいる。そのまま前説なしで芝居に突入。携帯に関する注意はどうするのかと思えば、芝居の冒頭で一人の役者の携帯に電話がかかる。そそくさと会話を終えて電源を切ると、それを見ていたもう一人もポケットから携帯を出して電源を切る。休憩室とは言え、ここは美術館。この芝居を見て、客席のお客さんも自分の携帯を切るという段取り。

 以前に原作を読んでいるのだが、こんなに笑える芝居だとは思わなかった。偶然同じ場所に居合わせた人々のぎこちない距離感や会話の間が絶妙。韓国人の観客にもよく受けていたが、韓国の脚本家にこういう芝居は書けないだろうと思う。天然ボケ系役柄のキム・ボヨン(次男の妻)が好演。ぽつっとしゃべる一言のセリフ、ちょっとした動作が客席を動かす。彼女の顔にライトを当てず、顔が見えにくいまま舞台を進行、ラストで初めてくっきりと顔の表情が見える演出が面白かった。
 遠い国で戦争が続いている近未来という設定は、日本では有効だが、韓国では意味が異なってくる。例えば、自発的に軍隊に入ることを決めた男を巡っての「家族とか国とか守るものができて幸せ」というセリフ。日本ではストレートに響くだろうが、兵役の義務がある韓国には言うまでもないこと。だが、気だるい休戦状態が続く現在のぬるま湯状態にカツを入れるセリフに聞こえたりもする。「砂に頭を突っ込んでいるダチョウ」の比喩も、「見たくないものは見ない、見たい構図だけを見る」と付け足されると、どうしたって最近の半島情勢と韓国政府の対応が頭に浮かんでしまう。

 上演中、客席の反応は終始上々だったが、芝居を見終えた後に何が残るのか。リアルな日常はその瞬間にのみ存在し、すぐに消え去ってしまうものなのではないか。
 今日は偶然にもドラマチックな葛藤のない芝居のハシゴ。不条理とリアルな日常はごく近しい間柄にあるのかもしれない。



2006-11-01

[映画]熱血男児/열혈남아

21:00
ブロードウェイ劇場1館
F列13番(Daum Cafe ソルトイ試写会)
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監督:イ・ジョンボム/이정범
出演:ソル・ギョング/설경구、チョ・ハンソン/조한선、ナ・ムニ/나문희、ユン・ジェムン/윤제문、オ・ヨン/오용、リュ・スンヨン/류승용、シム・イヨン/심이영
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 少年院で知り合い、同じ組織に属するヤクザのチェムン(ソル・ギョング)とミンジェ(リュ・スンヨン)。上から命じられた任務でミスをして、ミンジェは相手方に殺されてしまう。復讐を誓ったチェムンはミンジェを殺したテシク(ユン・ジェムン)の故郷ボルキョへ向かい、テシクの母親チョムシム(ナ・ムニ)の食堂に出入りする。手下のチグク(チョ・ハンソン)と共にテシクを待つ緊張の日々が続く中、チョムシムとチェムンの間にあたかも母と息子のような情が芽生え始め……。

 ソル・ギョングの眼つきの鋭さは超一品。チョムシムに対するぶっきらぼうな「息子」ぶり、タバンアガシへの馴れ馴れしさ、子分チグクへの非情さ、テコンド道場の子供たちへのでたらめな接し方。自分でもよく分かっていない彼の感情と行動がうまく表れている。
 そして、何と言っても母親役のナ・ムニの演技が素晴らしい。ふとした時の表情や何気ないセリフに、いくつになっても子供のために心労が絶えない母親の悲しい性がじんわりと伝わってくる。ヤクザになった息子を認められないのも、もう一人の息子が死んだことを認められないのも、息子への愛情ゆえ。対象を失った母の情愛はチェムンに向けられるが、それもチェムンの姿が同じヤクザである自分の息子にダブるから。ナ・ムニの演技は、母親の愛情が利己的でも普遍的でもありうることをごく当たり前に見せてくれる。
 母の愛情を知らないチェムン、母と和解できないテシク、母の入院費用を稼ぐためヤクザの道に入ったチグク。タイトルは「熱血男児」だが、この映画のテーマは「母」である。

 残念なのは、映画全体がストーリー(セリフ)と役者の存在感に頼り過ぎていて、登場人物たちの背負っているものが見えて来ないこと。序盤のセリフが完全に聞き取れていないせいもあるだろうが(封切後再見予定)、しかるべきショットがあるべきではないか。
 また、宣伝が今ひとつ。本編の名場面を予告編で見せ過ぎていると思うし、チラシのストーリー解説には些細な部分ではあるが編集意図を無にするネタバレがある。
 下半期の忠武路最高のシナリオとも言われていただけに惜しい。



2006-10-29

[映画]秋へ/가을로

14:10
MMC10館
B列91番 6,000W(チケットリンク・パープル会員1,000W割引)
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監督:キム・デスン/김대승
出演:ユ・ジテ/유지태、キム・ジス/김지수、オム・ジウォン/엄지원
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 ヒョヌ(ユ・ジテ)とミンジュ(キム・ジス)は1ヶ月後に結婚を控えた恋人同士。しかし、ミンジュがデパート崩壊事件の現場にいたことで、二人の幸福な未来は失われてしまう。ミンジュの死後、虚しい日々を送るヒョヌの元へミンジュのノートが届く。そこには、旅行番組のPDとして国内の美しい風景を知り尽くしていたミンジュが立てた新婚旅行プランが詳細に書き込まれていた。ヒョヌはノートを片手にミンジュのプランに従って東海(日本海)沿いの旅行を始めるが、行く先々で一人旅をする若い女性セジン(オム・ジウォン)に出会う。偶然の繰り返しのように見えた二人の出会いだったが、それはミンジュを介した必然的な出会いであった。

  今年のプサン国際映画祭オープニング作品として、また、1995年6月に起きたソウル三豊デパート崩壊事件を背景としたラブストーリーということでも注目を集めている作品。ストーリーの主筋は婚約者を失ったヒョヌの癒しの旅であるが、追憶としてたどられるヒョヌとミンジュの恋愛、ミンジュとセジンの交流、ヒョヌとミンジュの両親の関係をうまく織り込みながら物語が進んで行く。失われた後に実感する失ったものの輝きから、ヒョヌとミンジュのラブストーリーが浮かび上がる。
 ヒョヌとミンジュの関係は「笑顔」がキーポイントで、ユ・ジテの笑顔がこれにぴったり嵌る。ミンジュの役柄は容姿・能力・性格すべてに出来すぎの感もあるが、容姿も能力も凡庸らしいセジンとの対照は明快。
 秋の美しい風景は、時に絵ハガキ的でもあるが、ミンジュが撮りためていた写真と関係であえてそのような映像作りをしているらしい。あるいは、現地は本当に絵ハガキ的な風景なのかもしれない。

 舞台挨拶の回に鑑賞。多少記憶が曖昧だが。
 ユ・ジテ:舞台挨拶は初めてでドキドキしている。空席があって心が痛む。良いと思ったら周りの人にも勧めて、空席がなくなるようにしてほしい。
 キム・ジス:俳優が出てきてニコニコ笑うだけの映画にはしたくなかった。この映画を通じて皆さんも秋への旅行をした気持ちになってくれるといいと思う。



[映画]偉大なる系譜/거룩한 계보

16:45
MMC2館
B列805番 6,000W(チケットリンク・パープル会員1,000W割引)
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監督:チャン・ジン/장진
出演:チョン・ジェヨン/정재영、チョン・ジュノ/정준호、リュ・スンヨン/류승용
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 チンピラヤクザのチソン(チョン・ジェヨン)はボスの命令で一仕事して刑務所へ入る。刑期は7年。そこで、死んだとばかり思っていた友人スンタン(リュ・スンヨン)に再会する。チュジュン(チョン・ジュノ)はチソンのいなくなった後、ボスの右腕となる。チュジュンは自分のことをヤクザではなく組織に勤める「会社員」だと考えているが、一方でチソンへの友情は厚い。チソン、チュジュン、スンタンは少年時代からの親友3人組なのだった。
 組織に見捨てられ裏切られたと知ったチソンは、刑務所からの脱走を企て、組織への復讐を誓う。珍騒動の末に脱獄したチソンの行く手を阻むのは、幼馴染で組織の「会社員」を自認するチュジュンであった……。

 チョン・ジェヨンとチョン・ジュノのツートップとして宣伝されているが、チョン・ジュノは公開前のインタビューで「チョン・ジェヨンさんの映画」と語っており、実際に見てみると<チョン・ジェヨンと個性豊かな仲間たち+チョン・ジュノ>という印象。ヤクザの内部抗争が展開するストーリーの中間に脱獄コメディが挟まれ、チソンとチュジュンの友情以外に、刑務所内での囚人たちの奇妙な連帯感と友情関係、チソンの復讐を支える周囲の人々の義理と人情が描かれて行く。特に、刑務所内の囚人たち--人間味ある死刑囚(イ・ムンス)、脱獄研究家(チュ・ジンモ)、サイコ殺人魔(コン・ホソク)、サイコ殺人魔と心を通わせる囚人(キム・ジェゴン)--の個性豊かなキャラクターは秀逸。各人の人生を描く映画がそれぞれ1本ずつ作れそうに思えるほど見事に役柄を掴んでいる脇役俳優たちの名演と、それを生かした演出も見もの。また、チョン・ジェヨンのアクションが爽快。

 上映前に舞台挨拶あり。チャン・ジン監督とチョン・ジェヨンが出てくると、客席から「同じだ…」「そっくり…」の声が。確かに体型や髪型、雰囲気が似ていて可笑しい。
 チャン・ジン監督:このように公開2週目にまた舞台挨拶ができて嬉しい。
 チョン・ジェヨン:面白い愉快な映画なので、できるだけ大勢の人が見てくれるといいと思う。
 チョン・ジェヨンはもっといろいろなことを言っていたのだが、思い出せない……。ヤクザ映画と思っていたので、「愉快な映画」と聞いて意外の感があったが、確かに愉快な映画だった。



2006-10-19

[演劇]ヨムジェンイ・ユ氏/염쟁이 유氏

20:00
大学路・トゥレホール1館
가列19番 20,000W
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作:キム・インギョン/김인경
演出:ウィ・ソンシン/위성신
出演:ユ・スンウン/유순웅
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 大学路でロングランを続けている一人芝居。見てみたいと思い始めて1年以上経ち、ようやく劇場へ足が向いた。いつでも見られるロングラン作品はつい後回しになりがちなのだ。劇場へ着いてはたと気がつく。「ヨムジェンイ」って何? 実は芝居のストーリーもよく知らない。パンフレットを買って読んでみると、「ヨムをする人」。「ヨム」って何? 今日、辞書持ってない。
 客席に入って何となく見当がついた。舞台上には上手・下手に葬儀の時に着る白い麻の服がかけてある。「ヨムジェンイ」とは、葬儀に先立ち、死者の遺体を清めて麻布で包み棺に収めるまでの作業を行う人のことだった。

 主人公のユ氏は、代々ヨムジェンイを家業としてきた家に生まれ、自らもヨムジェンイとなった男。そのユ氏が、以前取材に来た記者を招いて、自分は今回のヨムを最後にこの仕事を辞めるからヨムジェンイの仕事をすべて見届けてほしいと頼む。観客は、記者と一緒に伝統文化を学びに見学に来た人たちに見立てられる。
 ユ氏は仕事の手順を説明しながら、自分のこれまでの経験を語る。自分がヨムした暴力団員の幽霊が現れて喜んでくれたこと。近代的な葬儀社との関係。家業を継ぐつもりはなかったが、父に3年間やってみてそれで嫌なら止めていいと言われ、3年で止めるつもりがずっと続けて来たこと。遺産を巡って父親の遺体の前で言い争う家族たちの様子。自分の息子は逆に、子供の頃から「葬式ごっこ」が好きで、自分の反対にも関わらずヨムの仕事がやりたいと言うので、3年間よそで他のことをしてみてそれでもヨムジェンイになりたければやっていいと言ったこと。

 一人芝居は観客を巻き込みながら進められて行く。「記者」に目された男性は、遺体を載せた担架を運ぶのを手伝い、ユ氏と酒を酌み交わす。男女二人ずつの観客が舞台の上で死んだ人を前に言い争う家族の役割を演じたりもする。ユ氏の話を聞いていると、自然にそういう風になってしまうのだ。
 プログラムに出演者のユ・スンウンは「俳優」でなく「광대(クァンデ=広大)」と紹介されている。「クァンデ」とは伝統的な舞踊・仮面劇・人形劇やパンソリ、綱渡りなどの芸人の総称。ユ・スンウンの舞台歴には、演劇でなく韓国伝統の「マダン劇」作品が並ぶ。この芝居は、出演者が観客に語りかけ、観客を巻き込みながら進行して行く「マダン劇」の一人芝居なのだった。

 3年後に戻ってヨムジェンイになると言った息子は、その時になっても帰って来なかった。ユ氏は一人で仕事を続けた。9年後(だったと思う)、ようやく帰ってきた息子はビルの屋上から飛び降りて自殺してしまう。ユ氏が自分の最後のヨムと決めた仕事は、息子の遺体のヨムであった。
 ヨムジェンイという、歴史的には卑賤の業とされた仕事、現代では滅びつつある仕事を全うしてきた男の語りを通して、人生、死、伝統、仕事……様々なことを考えさせられる舞台。素材と発想はイム・グォンテク監督の映画「祝祭」に通じる部分があるが、「祝祭」は死者の周囲の人々の葛藤と和解の祝祭を描いたもの。この芝居は、ヨムジェンイとして人の死を見つめ続けて来たユ氏の人生を通して、一人一人の人間の生と死を考えさせる作品となっている。



2006-10-15

[映画]いかさま師/타짜

12:10
ソウル劇場2館
下階J列13番 6,500W(サムソンカード会員1,500W割引)
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監督:チェ・ドンフン/최동훈
出演:チョ・スンウ/조승우、キム・ヘス/김혜수、ペク・ユンシク/백윤식、ユ・ヘジン/유해진
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 コニ(チョ・スンウ)は偶然足を踏み入れた花札賭博で一流の「いかさま師」になるためピョン・ギョンチャン(ペク・ユンシク)に弟子入りし、賭場の花チョンマダム(キム・ヘス)と知り合う。いかさまがバレれば右手を潰される裏社会。自分をこの世界に引き入れた男、同郷の「いかさま師」(ユ・ヘジン)、伝説の「いかさま師」アギュ。人生を賭けたコニの戦いは続く。誰が味方で誰が敵なのか……。

 「ビッグ・スウィンドル」(原題「犯罪の再構成」)のチェ・ドンフン監督らしく、チョンマダムを語り手に時系列が再構成され、ヤクザ映画というよりはコン・ゲームの面白さを持つ作風。ぐっと大人びてきたチョ・スンウの魅力に、キム・ヘス、ペク・ユンシクの謎めいた存在感がたっぷり味わえる。韓国には本当にこんな花札賭博の世界があるのだろうか。



2006-10-01

[映画]ラジオ・スター/라디오 스타

17:35
ソウル劇場1館
P列21番 7,000W(チケットリンク・パープル会員1,000W割引)
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監督:イ・ジュニク/이준익
出演:パク・チュンフン/박중훈、アン・ソンギ/안성기、チェ・チョンユン/최정윤、チョン・ギュス/정규수、チョン・ソギョン/정석용、No Brain/노브레인
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 1988年に絶大な人気を誇ったロック歌手チェ・ゴン(パク・チュンフン)も2006年の今はすっかり落ち目。彼の20年来のマネージャーであるパク・ミンス(アン・ソンギ)は、何とかチェ・ゴンをもう一度スターの座につけたい。しかし、ミンスの努力と期待を裏切るようにチェ・ゴンは警察沙汰を引き起こしてしまい、何とか取れた仕事は田舎町ヨンウォルのローカルラジオ番組のDJ。番組のプロデューサーはこれまたヨンウォルに左遷されてきたカンPD(チェ・チョンユン)。気が強く頑固な女性PDとふて腐れた元スター歌手は初回から衝突し、ミンスの営業努力も虚しく、町の人々は番組に無関心である。ところが、やる気のないチェ・ゴンがスタジオへコーヒーの出前に来たタバンアガシを勝手に放送に出演させたことが転機となり、「チェ・ゴンの正午のリクエスト」は聴取者参加型の人気番組となる。チェ・ゴンを崇拝する町のロックバンド・イーストリバー(No Brain)の4人組が番組のファンサイトを作ってインターネット放送をしていたため、番組はソウルでも評判となり、「正午のリクエスト」はソウルからの全国放送へ格上げされることになる。チェ・ゴンの前に再びスターへの道が開かれたが、それはパク・ミンスとの縁を切り、有力な芸能事務所と契約することが条件であった。

 ストーリーはロック歌手チェ・ゴンを軸に展開するが、画面を占めるのはマネージャーの方。アン・ソンギの魅力を堪能できる映画である。妻子に苦労させながら、マネージャーとして20年間チェ・ゴンを守り、チェ・ゴンのために頭を下げ、チェ・ゴンの尻拭いをし続けて来た男。営業や企画のセンスも方法も古臭いが、チェ・ゴンの才能を信じ、彼を再びスターにすることが自分の役割と任じている男。ヨレヨレで情けないのに、情に厚く懐の深い、味のある男。韓国人ウケするキャラクターだが、それもアン・ソンギが演じてこそ。さりげない爪弾きのギター演奏や鼻歌には言うに言われぬ情緒が溢れる。ラストシーンでぴたっと決めた傘の位置の鮮やかなこと。あの絵にこの映画のテーマが象徴されている。
 小さなエピソードが新たな展開につながる脚本も面白く、田舎の素朴な町を舞台に短いショットをつないでいく映像も印象的。楽しく切なく心温まる映画に仕上がっている。

 上映前に舞台挨拶のある回を予約していたのだが、その前の回の上映終了後の舞台挨拶も見られるとのことで、エンドロールが流れる中、スクリーン脇の入口から客席に入ると、すぐ目の前にアン・ソンギが。至近距離で見たアン・ソンギはそれはそれはカッコよかった。



2006-09-30

[演劇]賃借人/임차인

20:00
ミョンボ小劇場
自由席 20,000W
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作・演出:ユン・ヨンソン/윤영선
出演:オ・ダルス/오달수、パク・スヨン/박수영、キム・ジヨン/김지영、キム・ナラ/김나라
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 四つの短い芝居から成るオムニバス形式の演劇。四つの作品は失われた思い出と人生の懐疑・苦痛というテーマで貫かれている。
 春・一章。場面は若い女性(キム・ナラ)が引っ越して来たばかりの部屋。片付けの最中に下の部屋の住人である中年女性(キム・ジヨン)がドアの所にやって来る。中年女性は若い女に、部屋のこと、以前の住人のこと、その前は自分が住んでいたことを延々と話し続ける。女の部屋に入るでもなく、自分の部屋に帰るでもなく、ドアの所に立ったまま……。
 夏・二章。深夜のタクシーの車内。うとうとする乗客(パク・スヨン)に饒舌に話しかける運転手(オ・ダルス)。いつしか運転手は自分の家庭内の問題を話し始める。夜遅く仕事を終えて家に帰ったら、妻がいなかった。お客さんならどうするか。ようやく妻が戻って来たが、何も聞けず、何も言えなかった。妻も何も言わない。自分はどうしたらいいのだろうか。……
 秋・三章。海辺で蟹を捕まえていた男(パク・スヨン)は、見知らぬ男と酒を飲んで帰ってきた。家には彼を待つ女(キム・ジヨン)がいた。女は男が帰っても、驚いて言葉が出ない。髪までぐっしょり濡れた男の姿は、まるで水から上がって歩いて来たようだと言い……。
 冬・四章。若い娘(キム・ナラ)が故郷の村の近くにいる。そこにいた男(オ・ダルス)が、娘が村にいた頃の思い出を語り始める。村はダム建設のため水の底に沈んだ。村人全員が村を去った時、娘が可愛がっていた犬は裏山に逃げたが、再び村に戻って来た。新しい家を建てて一緒に暮らそうと言った娘をひたすら待つために……。

 謎めいたストーリーが役者の緻密な演技で展開して行く、緊張感溢れる充実した舞台。春で常軌を逸した中年女性を演じ、秋でつかみ所のない妻を演じたキム・ジヨンは同じ役者と思えない変身ぶり。パク・スヨンは夏・秋とも演技のとぼけた味わいが魅力。キム・ナラは一見リアルで実は浮世離れした雰囲気の持ち主。そして、何と言っても、オ・ダルス。べらべら喋り捲る饒舌な運転手役では、いかにも実際にいそうなリアルな芝居と見事な滑舌を披露。人間の姿になった犬は、人間離れした役が得意なこの人の真骨頂。真に迫る犬の鳴き声も、「グエムル」で怪物の声を演じたオ・ダルスなら朝飯前? 個性的な風貌と優れた演技力ゆえ映画では怪人ぶりを発揮することの多いオ・ダルスだが、舞台でちらっと覗かせた素顔はシャイで繊細でとても素敵だった。



2006-09-28

[演劇]ビューティフル・サンデイ/뷰티풀 선데이

20:00
漢陽レパートリーシアター
G列10番
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作:中谷まゆみ

演出:チェ・ヒョンイン/최형인
出演:イム・ユヨン/임유영、シン・ヨンウク/신용욱、チョン・ウォンジョ/정원조
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 アンコール公演初日。客席に入ってびっくり。舞台装置ががらっと変わった。初演ではボックスを積み上げて可愛く小ぎれいに作った部屋が、やや古びてはいるものの生活感のある落ち着いた趣に。演技の面でもコミカルな(漫画的な)表現を排除し、生身の人間のリアルな実感を重視。韓国人のイメージする「日本作品」というファンタジーから韓国人の生活に根ざした舞台になったと言える。
 新キャストのイム・ユヨン(ウヌ=ちひろ役)、シン・ヨンウク(チョンジン=秋彦役)は実年齢が登場人物の設定に近く、本人の持ち味と演技力が相乗効果を挙げている。初演に続いて出演のチョン・ウォンジョ(チュンソク=浩樹役)は、拾われた病気の仔猫からチョンジンと対等のパートナーに変身。
 これは、悩みながらも真摯に生きる道を模索する3人の韓国の若者のドラマだ。



2006-09-25

[映画]私たちの幸福な時間/우리들의 행복한 시간

14:20
ロッテシネマ蘆原7館
J列9番 8,000W
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監督:ソン・ヘソン/송해성
出演:イ・ナヨン/이나영、カン・ドンウォン/강동원
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 孤児院出身のチョン・ユンス(カン・ドンウォン)はその生い立ちから人を信じることも愛することもうまくできない。それゆえ結果的に一人の人を殺してしまい、その上に自分がしてもいない殺人の罪まで被って死刑囚となっている。元歌手のムン・ユジョン(イ・ナヨン)は修道女のおばと一緒にユンスに面会に来る。ユンス自身が望んだことであったが、人間も世間も信じていないユンスは心を開かず、自らの孤独を守り続ける。一方、おばに連れられて渋々やって来たユジョンは3度の自殺未遂経験者。彼女もまた過去の出来事が原因で心に深い傷を負い、周囲の人々と円満な関係が築けない孤独な存在だった。

 コン・ジヨン(공지영)の同名のベストセラー小説が原作。死刑囚の男と自殺願望のある女が次第に相手に心を開き、惹かれ合い、愛し合い、幸福な時間を共有するようになる。しかし、二人の幸福な時間は死刑執行という残酷な終焉へ向かう時間でもある。題材からすでに感動的な物語を約束されたストーリと言える。
 主役二人の演技は真摯で好感が持てた。その割に映像的に印象の強い場面が少なかったのが残念。二人が会える場所は刑務所の面会室だけという設定上の制約があるとはいえ、ストーリーでなく映像で感動させてほしかった。刑務官役のカン・シニル、この作品でも良い役どころ。



2006-08-01

[映画]グエムル/괴물

18:30
新宿・明治安田生命ホール
自由席 無料(試写会招待券)
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脚本・監督:ポン・ジュノ/봉준호
出演:ソン・ガンホ/송강호、ペ・ドゥナ/배두나、パク・ヘイル/박해일、キム・ヒボン/김희봉
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 『殺人の追憶』のポン・ジュノ監督の第二作として、韓国映画今年最高の話題作。韓国では7月27日公開。見たくて見たくてこの映画のためだけにソウルへ戻ることも検討したが、日本の試写会に応募しまくって見事当選。日本では9月2日公開予定。
 最初から最後まで監督の演出が行き届き、上手い、の一言。悲しみの場面で笑わされ、怪物の登場に驚かされ、エンドロールにまで奇妙な緊張感が持続する。注目の怪物は、ウルトラマン・ウルトラセブンの怪獣を見慣れた目には「斬新」。そして、やっぱりソン・ガンホは凄い。ソン・ガンホ演じるカンドゥが間抜けなせいで、娘(コ・アソン)は怪物にさらわれ、父親(キム・ヒボン)は死に追い込まれるのだが、それも仕方ないかと思わせる「何か」をきっちり見せてくれる。それはカンドゥの間抜けぶりでなく、間抜けであるがゆえに持ち得たと思われる普通の人以上に広く温かい心だったりする。最後に怪物と対峙した時のソン・ガンホの表情がとても印象的。あれは、ポン・ジュノ監督とソン・ガンホが意図して見せたものなのか、それとも怪獣と心を通じ合わせようとするウルトラシリーズの歴史を持つ日本人の私が見て取ってしまったものなのか。それを確かめるためにも再見せねば。もう一回試写会が当たりますように。



2006-06-15

[映画]家族の誕生/가족의 탄생

18:10
シネコア4館
O列11番 7,000W(チケットリンク・パープル会員1,000W割引)
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監督:キム・テヨン/김태용
出演:コ・ドゥシム/고두심(무신)、ムン・ソリ/문소리(미라)、イム・テウン/임태웅(형철)、コン・ヒョジン/공효진(선경)、キム・ヘオク/김혜옥(매지)、ポン・テギュ/봉태규 (경석)、チョン・ユミ/정 유미 (채현)、リュ・スンボム/류승범 (特別出演)
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 ミラ(ムン・ソリ)はトッポッキの店をしながら暮す女性。彼女の所に出来の悪い弟(イム・テウン)が彼女を連れて帰って来た。その彼女(コ・ドゥシム)は弟より20歳以上も年上のオバサン。仕方なく三人一緒に暮し始めるが、娘がお母さんを慕って訪ねて来たことで、彼女には前夫と子供がいることが判明する。ソンギョン(コン・ヒョジン)は、一人で自活するしっかり者のリアリスト。ロマンティストの母親の不倫を目の当りにして来たため、愛を信じることができない彼女は彼氏(リュ・スンボム)との関係も母との関係もうまく行かない。母の余命が短いことをソンギョンに伝えに来た母の愛人に腹を立て、ソンギョンは逆に男の家に乗り込む。キョンソク(ポン・テギュ)とチェヒョン(チョン・ユミ)は恋人同士だが、自分以外の男友達にも何かと世話を焼くチェヒョンの性格がキョンソクには気に入らず、そんなキョンソクの気持ちがチェヒョンには理解できず、二人の関係はギクシャクして行く。お互いに好きなのに。



 10人前後の主要人物が人間模様を織りなす「ラブ・アクチュアリー」タイプの作品。「家族の誕生」というタイトルの通り、この作品のテーマは「家族」である。様々な「家族(親子、兄弟姉妹、夫婦、恋人)」の形を見せることで、「家族」を成立させるのは血縁でも法律でもなく、結局お互いの愛なのだということを描いている。伝統的に「血縁」が非常に重視される韓国で、このような「家族の誕生」を描いた映画が作られるのは興味深い。
 韓国映画らしい佳作。韓国映画はこの作品のような「佳作」が本当に面白い。



2006-06-11

[映画]ホロビッツのために/호로비츠를 위하여

17:20
ソウル劇場10館
E列13番 5,000W(前売2,000W割引)
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監督:クォン・ヒョンジン/권형진
出演:オム・ジョンファ/엄정화、パク・ヨンウ/박용우、シン・イジェ/신의재、チェ・ソンジャ/최선자、ユン・イェリ/윤예리、キム・ジョンウォン/김정원(ピアニスト)
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 チス(オム・ジョンファ)はホロビッツのようなピアニストになることを夢見て音楽の勉強を続けてきた。しかし現実は厳しく、大学時代の同期生たちが音大の教授になったり留学したりする一方で、チスは生活のため子供相手のピアノ教室を開く。祖母と二人暮しで自閉傾向のあるキョンミン(シン・イジェ)は教室に勝手に出入りする困った子供だったが、ある日、チスはキョンミンに優れた音楽的才能があることに気づき、彼の師匠として名声を得ることを目論むようになる。チスはコンクールで優勝させるためキョンミンに猛特訓を強制し、キョンミンは戸惑いながらもチスへの憧れとピアノの楽しさに引かれてぐんぐんその才能を伸ばしていく。そして、コンクール当日、キョンミンはピアノを全く弾けなかった。失望したチスはキョンミンに対してもう教室に来るなと宣言する。二人がそれぞれに虚しい日々を送っていた時、キョンミンの祖母が倒れ、危篤状態に。キョンミンは祖母が亡くなれば一人の肉親もない孤児となってしまうのだが……。
 自閉傾向のある子供が隠れた芸術的才能を持っているという設定は凡庸である。しかし、この映画ではその才能を見出し導いて行く「師匠」の設定がうまい。チスは世界的ピアニストという夢を果たせずにいる女性である。「自分には才能が足りなかった」「家の事情で留学できなかった」「音楽を存分に勉強できるような裕福な家でなかった」と言い訳しながら、華やかなキャリアを誇る同期生に引け目を感じ、良い人を見つけて嫁に行けという母親がわずらわしく、ピアノ教室の経営状態を心配して結婚式場のアルバイトを紹介してくれる兄が有難くも腹立しい。だから、キョンミンの才能に気づいたチスは、天才少年ピアニストの師匠となることに人生の一発逆転を賭ける。キョンミンの気持ちには全く無頓着なままに。
 とは言え、チスに周囲の人への思いやりがないわけではない。自分のピアノのために、母は稼いだお金のほとんどを差し出し、兄は大学進学を諦めて就職した。そんな母や兄が嫌いだと言いながら、本当は母や兄の援助にも関わらず一流ピアニストになれない自分が苛立たしく、現状に安住もできない自分が嫌いで苦しいのだ。そうしたチスの姿はキャリアを目指して生きる現代女性の姿と重なる。この映画が自閉症天才少年物語にとどまらず、観客の共感を得ることのできるドラマとなっているのは、現代社会を生きる女性としてのチスの設定にある。オム・ジョンファがそんな女性をうまく演じている。
 ゆえにチスが丁寧に描かれるほど見ている側は息苦しくなるのだが、所々に挟まれた爆笑場面が効を奏し、袋小路に陥りそうなドラマを救う。チスに思いを寄せるピザ屋の社長クァンホ(パク・ヨンウ)の存在がストーリーにラブコメタッチの楽しさを与えている。見るからにいいヤツという風貌を持つパク・ヨンウ、「甘く、殺伐とした恋人」に続いて好演。始終キョンミンを叱り飛ばし、チスにも難癖をつけてくるが、内心ではキョンミンの行く末を誰よりも案じている祖母(チェ・ソンジャ)。同期生の中で最も成功し、チスを気遣いながらもクールなチョンウン(ユン・イェリ)。それぞれ効果的なキャラクターである。
 全編を通じて演奏される様々なピアノ曲が情感に溢れストーリーを盛り上げる。キョンミン役のシン・イジェは、制作陣が1年がかりで全国のピアノ学院を回って探し出したという「本当の天才少年」。オム・ジョンファもピアノの腕前は相当なものだそうで、演奏場面は実際に本人が弾いているという。
 「ミッション・インポッシブル3」「ダ・ヴィンチ・コード」「ポセイドン」などハリウッド映画に押されて興行不振が続く最近の韓国映画の中、健闘中。



[映画]殴打誘発者たち/구타유발자들

20:40
ソウル劇場12館
F列16番 6,000W(チケットリンク・パープル会員1,000W割引)
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監督:ウォン・シニョン/원신연
出演:ハン・ソッキュ/한석규、イ・ムンシク/이문식、オ・ダルス/오달수、チャ・イェリョン/차예련、キム・シフ/김시후、イ・ビョンジュン/이병준、チョン・ギョンホ/정경호、シン・ヒョンタク/신현탁
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 声楽家教授ヨンソン(イ・ビョンジュン)は教え子の若い女性インジョン(チャ・イェリョン)を白のベンツに乗せてドライブに行く。途中信号無視で警官(ハン・ソッキュ)違反切符を切られるが反省の色はない。人気のない川べりでヨンソンは下心満々、インジョンも初めはその気だったが、ヨンソンの執拗さが恐くなり車から逃げ出してしまう。
 山中に逃げ込んだインジョンは、二人の若い男(チョン・ギョンホ、シン・ヒョンタク)が男子高校生(キム・シフ)を袋詰めにしているのを目撃。恐ろしくて夢中で歩くうち、オートバイに乗った人の良さそうな中年男ボンヨン(イ・ムンシク)に出会い、近くのバスターミナルまで乗せて行ってほしいと頼む。
 一方、一人取り残されたヨンソンの前に怪しい男たち(オ・ダルス、チョン・ギョンホ、シン・ヒョンタク)が現れる。男たちはバットを振り回し、野鳥を打ち殺す。バイクに積んだ大きな袋の中にはもしやインジョンが? 粗暴な男たちに対処する術を知らないヨンソン。そこへ、インジョンを乗せたバイクを運転するボンヨンがやって来た。純朴な容貌とうらはらに、ボンヨンは男たちのリーダー的存在であるらしい。四人の男たちはヨンソンとインジョンにサムギョプサル(豚の三枚肉の焼肉)を勧め、袋から出した高校生にイジメを加える。成り行き上、ヨンソンとインジョンは他人の振りをし続けるが、男たちは若い女性であるインジョンに目をつけ始め……。
 この映画はたった一つのあるアイディアに支えられている。その「あるアイディア」を効果的に見せるために、延々とカットが積み重ねられる。元々暴力的な映画は苦手だが、この映画の暴力シーンはそれほど抵抗なく見ることができた。それは、この作品の暴力の多くが相手の肉体を傷つける暴力行為でなく「イジメ」だからというのが一つ(イジメの方が肉体的暴力より深刻でないとか許容し得るとか言っているのではない)。またもう一つは、イジメや暴力のシーンが「あるアイディア」を見せるための一種の伏線として描かれているからだろう。
 「あるアイディア」はそれほど斬新なアイディアではないが、見せ方はかなり上手い。ただし、「あるアイディア」をあらかじめ知っている者には、だらだらとイジメシーンの続く作品でしかないかもしれない。知らなかった(気づかなかった)私は最後まで面白く見たし、暴力絡みの映画の割に意外と後味も悪くなかった。
 出演者としてトップにクレジットされるのはハン・ソッキュだが、事実上の主演はイ・ムンシク。多面的で正体の分かりにくい男をうまく演じている。ハン・ソッキュ好演、オ・ダルス怪演。



2006-06-10

[演劇]カン・シニルの陳述/강신일의 진술

20:00
大学路・チョンボ小劇場
自由席 15,000W(ファンサービス/プレビュー期間10,000W割引)
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作:ハ・イルジ/하일지
演出:パク・グァンジョン/박광정
音楽:ハン・ジェグォン/한재권
出演:カン・シニル/강신일
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 小説を脚色した一人芝居。2001年にやはりカン・シニルが初演し、今回は5年振りの再演である。
 結婚10周年の記念旅行で新婚初夜と同じホテルの同じ部屋に泊っていた男が警察の取調室に連行されて来る。男は国立大学の哲学科教授。義兄殺しの容疑をかけられていると知った男は、自分には義兄を殺す理由がないと主張する。男は警察の尋問に応じて、今回の旅行と新婚旅行の話を始める。一刻も早く、ホテルの部屋で一人眠る愛する妻の元へ早く戻るためにだ。しかし、警察はホテルに妻はいないと言う。さらに、精神病院の院長だった義兄が殺された院長室のデスクに彼のカルテがあったとも。彼は義兄の診察を受けたことなどないと言い、ホテルの妻に電話をかけて見せる。尋問は続き、男は高校の教え子だった妻との馴れ初め、結婚後の留学生活について陳述を続けるが……。
 舞台は警察の取調室。中央に客席の方に向いたスチール机と椅子が一つ。下手奥に水のペットボトルとコップを置いたサイドテーブル。上手端には小さな電話台と電話がある。中央背景にはマジックミラーらしき大きな窓がある。
 カン・シニルは、時には立ったまま、時にはゆったりと椅子に腰掛けて、時には落ち着きなく取調室を右往左往しながら、陳述を続ける。客席をじっと見つめて話す様から、取調官は複数いて、客席の観客がその取調官に見立てられていると分かる。カン・シニルの演技の優れた点の一つは、舞台上の居所が確かなこと。一人の男の陳述という動きの少ない単調な演出になりかねない設定とうらはらに、カン・シニルはよく動く。同じ椅子に座るのでも場面によって椅子の位置を変え、陳述の内容によって立ち上がったり、歩き回ったり、座り込んだり。上手へ電話をかけに行けば、通話しながら電話を中央の机の上まで運んで来て妻との話を続ける。そのすべての動きについて、自分の舞台上の位置が非常に的確なのである。だから、見ていて演技に納得が行くし、気持ちのよささえ感じられる。
 また、陳述が進むにつれて、男の人格が次第に変わって見えてくるのも見事。安定した生活を営む国立大学教授、妻を愛する一人の男、好ましからぬ過去のある男、妻を愛する余り正常の範囲を逸脱しつつある男。ちょっとしたきっかけで、この男の隠れていた面が次々と現れて来る。
 男の話は、義兄殺しについての陳述であると同時に、妻への愛を語った陳述でもある。この作品は、一見ミステリーだが、実はラブストーリーでもあるのだ。ラストで男が「こんな時間に……妻に早くホテルに帰るように言ってやってください」と取調官に頼む時、「誰か奥さんをホテルまで送って行ってあげて」と思ってしまう自分がいた。
 陳述の回想部分で妻の声を流すのは演出上必要だろうが、妙に大きくエコーのかかった音響がイマイチ。もう少しうまい処理ができなかったかと思う。



2006-06-07

[演劇]ビューティフル・サンデイ/뷰티풀 선데이

19:30
大学路・漢陽レパートリーシアター
4列9番
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作:中谷まゆみ

製作総監督:チェ・ヒョンイン/최형인
演出:キム・ボヨン/김보영
出演:イ・ジュナ/이주나、キム・ギョンシク/김경식、クァク・サンウォン/곽상원
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 オ・ジョンジン(=秋彦)のキャストがキム・ギョンシクに変わっての初日。演技の反射神経が良い3人が揃って、テンポのはっきりした芝居になった。キム・ギョンシクは落ち着いた芝居で演技の動と静のメリハリやセリフの抑揚がくっきりしてい良い上に、所々で素晴らしい演技を見せてくれる。一例を挙げれば、見合いの練習の後ベランダでウヌ(=ちひろ)に「いたんだろ? 星でも降ってこない限り……と言ってくれたヤツが」と言う所で、「星でも……」のセリフを朗々と謳う。ウヌの表情に気づいた瞬間、息詰まる沈黙が流れ、その緊張感を維持したままチョンジンとウヌの間で「理解」が通じ合う。人と人の心が触れ合った瞬間が静かな深い感動で包まれる。そして、チョンジンはこんなふうにしていろいろなことを抱え込んで生きている人物なのだと分からせてくれる。
 6月中は2チーム固定週替りのキャスティングだそうで、両方を見比べるために毎週通わねば。



★公演情報はHP「ななの本棚」内に掲載中。
「漢陽レパートリー『ビューティフル・サンデイ』」



2006-06-03

[ミュージカル]I LOVE YOU

20:00

忠武アートセンター

R席 1階8列8番 40,500W(チケットリンク ロイヤルパープル会員10%割引)

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音楽:Jimmy Roberts

原作・歌詞:Joe DiPietro

監督:ハン・ジンソプ/한진섭

出演:ナム・キョンジュ/남경주、ヤン・コンニム/양꽃님、ペク・ジュヒ/백주희、チョン・サンフン/정상훈

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 ブロードウェイミュージカル「I LOVE YOU, YOU'RE PERFECT, NOW CHANGE」(邦題「I LOVE YOU 愛の果ては?」)のコリアンキャスト上演。昨年のヒット作で、2005年韓国ミュージカル大賞「ベスト外国ミュージカル賞」「演出賞」を受賞している。第一幕は11場、第二幕は9場で構成されるシットコム・ミュージカル。全場面、恋愛・結婚の一面を穿ったコントと楽しい音楽を融合させた作品だ。

 舞台下手に2.5mほどの高さのステージがあり、ここでピアニストとバイオリニストが伴奏。それ以外は左右対称の壁と4つの椅子があるだけ。テーブル、ソファ、ベッドなど他に必要な装置は場面ごとに配置される。

 ミュージカルの枠を超えた高度な演技力が要求される作品で、全員息の合った演技で笑わせてくれた。ナム・キョンジュ、ヤン・コンニムはミュージカル専門の俳優だが、芝居も上手い。チョン・サンフンとペク・ジュヒはモテない男女の役回りで、難しい役どころをうまくこなしていた。特にナム・キョンジュが類型に陥りそうなそれぞれの役に実在感を与えて演じていたのがよかった。この舞台が単なるコントの連続でなく客席と心の通う芝居になったのは、彼のリアリティゆえ。

 面白かったのは、1幕4場「男は見栄っ張り、女は猫かぶり」で、得々として退屈な話を続ける男とそれに調子を合わせながら内心うんざりしている女のエピソード。男が「軍隊の話」を延々と続け、さらに「軍隊でのサッカーの話」を続けようとするコリアンバージョンの翻案は、ありきたりなのだが、やっぱり可笑しい。1幕7場「両親の気持ち」。両親と息子とその交際歴2年の彼女の食事の席で、二人が結婚を約束したと思い込んでいた両親が「別れることにした」と聞かされて、表面的には理解を示しながらも、内心不満タラタラのエピソード。韓国でも最近は「理解ある親」が増えている。

 終演後、カーテンコールに出てきた4人が「プロポーズイベント」を進行。事前に公式サイトで受け付けていた「恋人への手紙」で選ばれた男性の手紙をチョン・サンフンが読み上げ、その男性に「舞台上で彼女に愛を告白する機会」が与えられる。舞台に上がった男性は用意してきたまた別の手紙で客席の彼女に愛の告白し、彼女を舞台に呼んで、ネックレスのプレゼントと共にプロポーズ。彼女の返事はビミョーな「ありがとう」だったが、司会役のチョン・サンフンがうまく引き取って祝賀ムードの内にイベント終了。

 この手のイベント、韓国の公演では珍しいことではなく、「舞台上でのプロポーズ」に遭遇するのも2度目。韓国人の恋愛、節目節目で感動イベントを演出するのは男性の義務でさえあったりする。日本で同じイベントを企画しても申込みが全くなさそう。



2006-06-02

[映画]相棒/짝패

17:10
CGV江辺7館
J列8番 5,000W(前売イベント2,000W割引)
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脚本:リュ・スンワン/류성완
出演:チョン・ドゥホン/정두홍、リュ・スンワン/류승완、イ・ボムス/이범수
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 ソウルで刑事をしていたテス(チョン・ドゥホン)は、少年時代の友達ワンジェが死んだと聞き、十数年ぶりに故郷オンソンを訪れ、当時の仲間だったピルホ(イ・ボムス)、ソクファン(リュ・スンワン)らと再会する。ワンジェの死に疑問を持ったテスはソクファンと二人組で調査を開始するが……。
 全編にわたって繰り広げられるリアルなアクションシーン(CGを採用せず、すべて俳優が演じているという)が話題になっているが、ストーリーは「チング」に通じ、映像は暖色系のレトロな色彩を基調としながらスタイリッシュ。韓国好みの伝統的な情緒と現代人好みの感覚がうまくマッチしている。リュ・スンワンが脚本・監督・俳優・制作に携わった、リュ・スンワン監督ワールド。
 アクション場面を見ながら「これって歌舞伎の殺陣に通じるなぁ」と思っていたら、チラシに「アクション活劇  純度100%のタチマワリ(다찌마와리)アクションがここにある!」とあった。リュ・スンワン監督のフィルモグラフィーを見ると「タチマワ Lee」(2000)という作品があり、是非見てみたいもの。チラシにはさらに「韓国を越えて世界へ! ソウルアクションスクール共同制作  ハリウッド、香港、日本にはない我々のスタイル!」とあり、確かにこの作品は韓国型アクション映画のひとつの到達点であろう。個人的に「暴力物」「男の友情物」は好みでないのだが、再見したい作品。
 なお、舞台となる「オンソン」は架空の町。冒頭、故郷に戻って来たテスが「オンソン駅」前に立つシーンはチョチウォン駅で撮影し、CGで駅名を変えたという。



2006-05-12

[演劇]旅行/여행

19:30
アルコ芸術劇場・小劇場
나列9番 14,000W(早期予約30%特別割引)
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作:ユン・ヨンソン/윤영선
演出:イ・ソンヨル/이성열
出演:チャン・ソンイク/장성익(映画監督テウ)、イ・ヘソン/이해성(キテク)、イム・ジンスン/임진순(靴屋の主人サンス)、パク・スヨン/박수영(タクシー運転手ヤンフン)、カン・イル/강일(中小企業社長テチョル)、チョン・マンシク/정만식(毛皮会社社長マンシク)、チェ・ジョンウン/최정은(死んだ友人の妹)
作曲・演奏:キム・ドンウク/김동욱
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 昨年、作品性からの評価が高かった作品。今回はソウル演劇祭公式参加作としてのアンコール上演である。音楽は客席下手でギタリストが生演奏。
 急死した小学校時代の同級生の葬式に出るため、5人の男たちが汽車に乗って故郷へ向かう。汽車の中で5人は酒を飲んで死んだ友を偲びながら歓談するが、まもなく50歳を迎える現在、社会的地位も生活環境も異なる彼らの間には微妙な空気が流れる。死んだと思っていたキテクが生きていると分かり、葬式場にキテクが現れるに到って彼らの間で諍いが始まってしまう。
 小学校時代の同級生が故郷へ帰れば当時の気持ちを取り戻せるかと言えば、人生、そんな単純なものではない。と言って、かつての仲間を現実社会の物差しではかるのは忍びない。子供時代の仲間と今も互いに通じる連帯感は、どこかにあるようでいて捉えられず、ないと思っても完全には否定し切れない。そんな複雑で割り切れない人間関係と感情を描いている。韓国人好みの作品。
 作品内容を反映して客席には若い人が少なく、40代50代と思われる人が多かった。男性客が多かったのも作品内容ゆえだろう。逆に20代前半のカップルがこの作品をどのように見るのか、聞いてみたいもの。



2006-05-05

[映画]死生決断/사생결단

15:20
ソウル劇場1館
G列13番 5,000W(インターパーク映画2,000W割引)
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監督:チェ・ホ/최호
出演:リュ・スンボム/류승범、ファン・ジョンミン/황정민、キム・ヒラ/김희라、チュ・ジャヒョン/주자현、オン・ジュワン/온주완、イ・ドギョン/이도경、イ・オル/이얼(友情出演)
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 IMF危機(97~98年)の釜山。苦しい経済状況の中で麻薬に手を出す人々を食い物にする麻薬販売組織を摘発するため、強力
班麻薬系刑事ト・ギョンジャン(ファン・ジョンミン)と麻薬商人イ・サンド(リュ・スンボム)は手を結ぶ。4年前、麻薬組織への捜査で同僚を失ったギョン
ジャンは組織壊滅に執念を燃やしており、サンドは伯父の麻薬製造中の事故で母を亡くした過去を持つ。サンドの流す情報を元に組織の上部に近づいて行くギョ
ンジャン。ギョンジャンは全国の麻薬取引を牛耳る大立者、組織のボスを逮捕できるのか。ギョンジャンとサンドは最後まで協力関係を保てるのか。
 
まずは異色のオープニング。映像も音楽も一昔前(70年代の日本)の刑事物ドラマのごとき趣きである。出演俳優のクレジットは手書き風文字の縦書き、タイ
トルバックの映像はフィルム撮影風でピントが甘く見える粒子粗めの画面。あえて古臭いイメージを演出したものだが、最近の美しくクリアな映像を見慣れた目
には新鮮に映る。
 ファン・ジョンミンは賄賂も暴力捜査も日常的、手段を選ばず麻薬組織壊滅を目指す悪徳刑事を熱演。リュ・スンボムも、チンピラ
のようでいて抜け目なく、カッコよさと情けなさを併せ持った麻薬商人をリアルに演じている。捜査過程に沿って展開するスリリングなストーリーに、演技派二
人が真っ向から取り組んだ演技対決で、スクリーンから目が離せない。本来あまり好みのタイプでないのだが、見ごたえのある映画。



 ストーリー的にも(ロシアンマフィアも暗躍)、ロケ地としても(映画都市・釜山では大掛かりな撮影も街中で可能)、作品の志向からも(ソウル発の
スタイリッシュな映画と一線を画す)、「釜山」を選んだ意味が十分に生かされている。普通、封切直後の舞台挨拶はソウルからスタートして地方を巡るが、こ
の映画は釜山からスタート。「釜山」の映画であることを強調したプロモーションを展開した。
 2週目の今日、ソウルに来た舞台挨拶の回を狙って鑑
賞。ファン・ジョンミン-こんなに大きな映画館がいっぱいになるほど大勢来て下さって感謝してます。釜山で一生懸命に撮った映画で、皆さんが見てくれれば
嬉しい。- リュ・スンボム-「ミッション・インポッシブル」などのハリウッド映画が封切られた中、来てくれた皆さんは愛国者です。- 個性的な舞台挨拶
で面白かった。



[映画]国境の南側/국경의 남쪽

20:00
ソウル劇場2館
下階O列12番 7,000W
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監督:アン・パンソク/안판석
出演:チャ・スンウォン/차승원、チョ・イジン/조이진、シム・ヘジン/심혜진、ソン・ジェホ/송재호、ユ・ヘジン/유해진、イ・アヒョン/이아현
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 1975年平壌生まれ、万寿台管弦楽団のホルン奏者、キム・ソノ(チャ・スンウォン)には結婚の約束をした恋人・イ・ヨナ(チョ・イジン)がいた。ところが、韓国にいる祖父との「秘密手紙」のやりとりが発覚。生き延びるために家族全員で脱北する決意をしたソノ一家は、すべてを捨てて苦労の末に韓国へ入国したが、頼みの祖父は亡くなっていた。ソノは家族で経営するクッパの店を手伝いながら、夜は客引きのアルバイトをして金を稼ぐ。やっと貯めた金でブローカーにヨナの脱北を頼むが、ブローカーは詐欺師だと知らさる。さらに追い討ちをかけるように、ヨナ結婚のニュースを聞かされるソノ。ヨナを諦めて人生をやり直すことにしたソノは、温かい心の持ち主ソ・ギョンジュ(シム・ヘジン)と知り合い、やがて二人は結婚する。平穏で幸せな日々を送るソノだったが、ヨナが脱北に成功して韓国へ入国したという知らせが届く。ヨナに会いに行ったソノの心は揺れ動いて……。
 この映画が描くのは「引き裂かれること」の苦しみと悲しみである。南北二つに引き裂かれた国、分断によって引き裂かれた恋人、二人の女性を愛して引き裂かれる心。チャ・スンウォンの抑えた演技が、自らの意思と関わりなく引き裂かれるしかなかった苦しみと悲しみの深さを表現する。強気で潔く純粋で一途なヨナと情に厚く包容力があり働き者で頼りになるギョンジュという南北対照的な二人の女性の設定もうまい。
 ストーリーはエピソード場面の積み重ねで展開する。特にソノ一家が韓国に定着するまでは、必要な場面までカットしているのではないかと思うほどの素早い展開である。韓国に定着するための一家の苦労もほとんど描かれない。反対にじっくりと描かれるのは、ソノとヨナの北朝鮮時代の遊園地デート、再会後の遊園地デート(北朝鮮時代の遊園地デート場面がカットバックで挟まれている)、ヨナを探して束草の町を走り回るソノの姿である。南北分断を背景にしてはいるが、これは正統なラブストーリーだ。
 北朝鮮ロケの許可が下りず、北朝鮮の建物・遊園地・イベントをすべて韓国内で再現したという場面はなかなかの見もの。ソノとヨナが平壌名物・玉流館の冷麺を食べるシーンでは、玉流館だけでなく冷麺の味まで再現したとか。平壌の建物ってあんなにキレイで立派なのだろうか。きっとそういう所もあるのだろう。イ・ヨナ(이연화)は北の人なのだから、リ・リョナ(리련화)なのではないだろうか。ソノのように背の高い青年が北にどれだけいるのだろうか。チャ・スンウォンはモデル出身だけあって188cmの長身だが、最近のマスコミ報道によれば北朝鮮の高3男子の平均身長は156cm(韓国173cm、日本170cm)。数年前には軍入隊の基準が148cmに引き下げられた(栄養不足で若者の体格が年々悪くなっているから)という報道もあったのだが。北への謎は深まるばかり。



2006-05-04

[演劇]ノイズ・オフ/NOISES OFF

20:00
東崇アートセンター・東崇ホール
S席 1階가ブロック2列1番 30,000W
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作:Michael Frayn
芸術監督:キム・オンラン/김옥랑
演出・翻訳:キム・ジョンソク/감종석
舞台監督:イ・ソンジン/이성진
出演:チョン・ヒョン/정현(俳優チャン・ヒョン=泥棒役)、ソン・ヨンチャン/송영창(俳優シム・ヨンチャン=フィリップ役)、アン・ソクファン/안석환(演出家ミン・ソクファン)、ソ・ヒョンチョル/서현철(俳優ノ・ヒョンチョル=ロジャー役)、ソ・イスク/서이숙(俳優カン・イスク=クラケット役)、パク・ホヨン/박호영(俳優コン・ホヨン=フラビア役)、キム・テイ/김태희(助監督ピョ・テイ)、キム・クァンドク/김광덕(俳優メン・クァンドク=ビッキー役)、イ・ファリョン/이화룡(舞台監督ソ・ファリョン)
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 先日の舞台が面白かったのと、聞き取れないセリフがあるのが悔しいのとで2度目の観劇。窓口で例によって「STAFF」証を受け取って入場。前回は気づかなかったが、これを首にかけてればチケット買わなくても入れるのでは……。
 開演5分前、映画俳優のファン・ジョンミン(황정민)が入ってきて、中央やや後ろ寄りの席に着席。スクリーンで見る通りの普通のおにーさん。でも、身のこなしが軽そうな所が俳優っぽい。周囲からのサイン攻めに気軽に応じる姿に人柄の良さがにじみ出ていて好印象だった。

 今回の席は最前列やや下手寄り。セリフを聞き取るために最前列、演出家役の芝居を見るために下手寄り。ドレスリハーサルをチェックする演出家(アン・ソクファン)の席という設定で、舞台下手すぐ下に机と椅子があるのだ。この選択は大正解で、セリフはよく聞き取れるし、アン・ソクファンは目の前で芝居してくれて、2つ隣の席に腰掛けるし。隣でなかったのが残念。
 先に書いたように、この芝居、同じ劇中劇が3度繰り返される。今回はその構成を知ったうえで見ているため、3幕(3度目の劇中劇)が始まった所で、もう一度見るのかぁとちょっとうんざり気味になった。その瞬間、ドアが開いて足を引きずりながら(これが舞台裏のトラブルを暗示している)登場するクラケット夫人(ソ・イスク)に爆笑。よく出来た芝居である。

 この日は、偶然なのだがうちの大学ともう一つ別の大学の学生が団体で観劇しており、終演後に(本物の)演出家キム・ジョンソク氏と俳優(チョンヒョン、キム・テイ、キム・クァンドク、ソ・ヒョンチョル)とのトークイベントがあった。顔見知りの先生に声をかけて、私も参加。学生たちからの質問に主に答えたのは演出家で、短い時間ながら自身の作品論、役者論、コメディ論を披露。コメディはテンポが重要なので3回繰り返される劇中劇はそれぞれ違うテンポに調整してある、とのこと。なるほど。この作品を選んだ理由に「俳優がよく見えるような作品を選んだ」、この作品の一言紹介として「祝祭」と答えていたのが印象に残った。



2006-04-30

[映画]とかげ/도마뱀

15:20
ピカデリー劇場1館
G列17番 5000W(チケットリンク「映画対映画」2000W割引クーポン利用)
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監督:カン・ジウン/강지은
出演:カン・ヘジョン/강혜영、チョ・スンウ/조승우、カン・シニル/강신일、イ・ジェヨン/이재용
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 実際のカップルが恋愛映画に主演ということで話題の作品。
 チョガン(チョ・スンウ)の通う小学校に転校してきたアリ(カン・ヘジョン)はトカゲを大事に持ち歩く変な女の子で、先生も級友もアリを敬遠する。唯一アリと仲良くなったのは、トカゲを嫌わず、純粋で善良なチョガン。二人は幼い恋心を通わせるが、チョガンの転校で別れ別れに。学生時代、チョガンの前に突然現れるアリ。二人は楽しい日々を過ごすが、アリはいなくなってしまう。銀行員になったチョガンの前に再び突然現れるアリ。二人は楽しい時間を過ごすが、アリは明日アメリカへ行くと言う。一体なぜ、アリはチョガンと距離を置き、現れては消えることを繰り返すのか……。
 韓国の純愛物ではお馴染みの要素がてんこ盛り。初恋、運命、別れと再会、事故、病、死…。その点ではラブストーリーの王道を行く作品である。またかと思いながらも、最後に泣かされてしまうのは、その純粋さゆえ。本来恋愛に付き物のはずの欲望、嫉妬、疑心といったドロドロしたものが、この作品には一切存在しない。
 恋愛物に似つかわしくない「とかげ」というタイトル、トカゲがストーリーの中で重要な意味と役割を担っているのだった。なぜトカゲなのか最後に明かされるのがうまい。そういえば、カン・ヘジョンって爬虫類顔だと思うし。カン・ヘジョンとチョ・スンウの二人のための映画だが、チョガンの父親役でカン・シニルがいい味を出してる。



2006-04-25

[演劇]ノイズ・オフ/NOISES OFF


20:00
東崇アートセンター・東崇ホール
R席 1階나ブロック6列3番 28,000W(ファンサービスプレビュー30%割引)
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作:Michael Frayn
芸術監督:キム・オンラン/김옥랑
演出・翻訳:キム・ジョンソク/감종석
舞台監督:イ・ソンジン/이성진

演:チョン・ヒョン/정현(俳優チャン・ヒョン=泥棒役)、ソン・ヨンチャン/송영창(俳優シム・ヨンチャン=フィリップ役)、アン・ソクファン/안석환(演出家ミン・ソクファン)、ソ・ヒョンチョル/서현철(俳優ノ・ヒョンチョル=ロジャー役)、ソ・イスク/서이숙(俳優カン・イスク=クラケット役)、パク・ホヨン/박호영(俳優コン・ホヨン=フラビア役)、キム・テイ/김태희(助監督ピョ・テイ)、キム・クァンドク/김광덕(俳優メン・クァンドク=ビッキー役)、イ・ファリョン/이화룡(舞台監督ソ・ファリョン)
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 日本でも昨年6~7月新国立劇場で「うら騒ぎ/ノイゼズ・オフ」のタイトルで上演された作品。3幕のバックステージ物。第1幕は劇中劇「ナッシング・オン(Nothing on)」初日前夜。元々準備不足であちこちボロが出るドレスリハーサルの様子を見せる。第2幕は公演日程中盤のある日の本番舞台裏。本番中であるにも関わらず、舞台裏では演出家の二股恋愛、俳優同士の三角関係やライバル意識、半ばボケているアル中の老俳優の勝手な行動など問題が次々と顕わになり、ドタバタの大騒ぎの中、俳優たちは必死で舞台を進行させて行く。第3幕は2幕の装置が回って、公演日程終盤のある日の舞台。舞台裏で破綻した人間関係は表の舞台にも影響を与え、「Nothing on」の本番はメチャクチャに……。上記出演キャストは括弧内で(「Noises Off」の役名=劇中劇「Nothing on」での役名)を記した。
 予約したチケットを受け取りに窓口へ行くと、首からかける「STAFF」証を渡された。裏にチケットが入っていて、このスタッフ証がチケット代わりになる。観客は、劇中劇「Nothing on」のドレスリハーサルに参加するスタッフとして劇場に入るという洒落た趣向。
 さて、泥棒役の老俳優を演じるチョン・ヒョンの飄々とした味がいい。3幕通して、アル中気味で半ばボケているという一貫した役柄で、周囲のドタバタと好対照を作り出して、この芝居の中核。一方、ソン・ヨンチャンとパク・ホヨンが「Noises Off」の俳優役と劇中劇「Nothing on」の役柄とをうまく演じ分けて、芝居の枠組を支えた。この3人以外にも上手い役者を揃えて、出入りも道具も多く常時微妙なタイミングを要求される芝居をきっちり演じ切った水準の高い舞台。ホンの面白さを十分に生かし、客席は爆笑に次ぐ爆笑だった。涙が出るほど笑ったのは久しぶり。
 ちなみに、ソン・ヨンチャンは映画「反則王」で主演ソン・ガンホの上司を演じていた人。やっぱり上手い。久しぶりに、それも舞台で見ることができて嬉しい限り。



2006-04-21

[ミュージカル]アイーダ/AIDA


19:30
LGアートセンター
3階2列7番 28,000W(アンコール公演30%特別割引)
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音楽:エルトン・ジョン

翻訳:キム・チョルリ/김철리、チョン・ミョンジュ/정명주

監督・韓国語歌詞:キム・ジェソン/김재성


演:ムン・ヘヨン/문혜영(アイーダ)、ペ・ヘソン/배해선(アムネリス)、イ・ゴンミョン/이건명(ラダメス)、イ・ジョンヨル/이정열(ゾーザー)、キム・ホヨン/김호영(メレブ)、チョン・ククァン/전국환(アモナスロ)、キム・ギルホ/김길호(ファラオ)
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 歌手オク・チュヒョンのアイーダが「期待以上だが部分的に難あり」だったため、それならミュージカル俳優ムン・ヘヨンの舞台はどうなのか、どうしても見てみたくなり、あえて前回とほぼ同じ席を選んでアンコール公演大楽のチケットを取った。アイーダ、ラダメスが前回と違うダブルキャスト。
 お目当てのムン・ヘヨンは声量十分、いわゆるパンチの効いた声で、この人のカントリー調の曲(初期のオリビア・ニュートンジョンのカバーとか)を聞いてみたいとふと思う。声のコントロールがオク・チュヒョンより技巧的で、ラダメス、メレブ、アムネリスとのデュエットがそれぞれに素晴らしい。発声も確かで、歌詞も台詞も聞き取りやすい。が、ムン・ヘヨンの端正なアイーダを見たお陰で、オク・チュヒョンのアイーダの可愛らしく生き生きとした魅力も再確認。
 ラダメス役のイ・ゴンミョンは、音域によって声の出し方を変えるのが不安定な印象を与える。曲によって、また一曲の内にも出来不出来のばらつきがあるため、本来この役が持っているはずの力強さに欠ける。のどの不調だとしたら惜しいこと。 

 ペ・ヘソンのアムネリスは前回以上にコミカルな演技。それが可愛く、可笑しく、魅力的。声がきれいで、歌が上手くて、芝居巧者。



 8ヶ月273回にわたるロングランの大楽ということで、カーテンコールでは今日出演していないキャストも登場(但し、オク・チュヒョンはいなかった)して、イ・ジョンヨルが挨拶。まずは8ヶ月の公演を支えた観客、スタッフ、カンパニーに感謝し、シンシ・ミュージカルカンパニーの今後の公演予定をしっかり宣伝(2006年「マンマ・ミーア」、2007年「ダンシング・シャドー」、2008年未定)。続いて、ウォルト・ディズニー・カンパニー側の「副社長」(プログラムに「社長」がメッセージを寄せてるディズニー・シアトリカル・プロダクションの副社長?)が登場、世界最長の公演を実現した韓国の人々に感謝し、また新たな作品をぜひ韓国へ持って来たいと挨拶して、大楽のカーテンコールもめでたく幕。
 1階客席にはシンシ・ミュージカルカンパニーの社長を始め、公演関係者、業界関係者多数。



2006-04-16

[ミュージカル]アイーダ/AIDA

19:30
LGアートセンター
3階2列8番 40,000W
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音楽:エルトン・ジョン
翻訳:キム・チョルリ/김철리、チョン・ミョンジュ/정명주
監督・韓国語歌詞:キム・ジェソン/김재성

演:オク・チュヒョン/옥주현(アイーダ)、ペ・ヘソン/배해선(アムネリス)、イ・ソクジュン/이석준(ラダメス)、イ・ジョンヨル/이정열(ゾーザー)、キム・ホヨン/김호영(メレブ)、チョン・ククァン/전국환(アモナスロ)、キム・ギルホ/김길호(ファラオ)
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 昨年8月から長期公演を続けている「アイーダ」。楽を目前に滑り込み観劇。ブロードウェイからそのまま持ち込んだという舞台装置と衣装は象徴的かつ大胆でインパクト強し。
 アイーダ役のオク・チュヒョンは歌手(女性4人グループ「ピンクル(Fin.KL)」のメインボーカル。グループは現在個別活動中)だけあって歌は上手く熱演だが、やや単調なきらいがあるのと発声に癖があって歌詞も台詞も聞き取りにくいのが難。私の聞き取り能力の問題かとも思ったが、客席でばったり遭遇した教え子の卒業生に聞いたら、韓国人でも聞き取りにくいとのこと。
 イ・ソクジュンは歌も演技も迫力満点、存在感のある堂々たるラダメス。これまた抜群の存在感を持つイ・ジョンヨル演じるゾーザーの息子にふさわしい。陽の息子に陰の父といったところ。イ・ジョンヨルはしわがれ気味の独特の声質が陰謀を企む役柄に合い、配下の軍団との呼吸もぴったり。アンサンブルの振付は怪しげに面白く、ダンスも上手い。ゾーザーの腕の一振りに素早く組織的に反応するアンサンブルのダンスを見ながら、歌舞伎の殺陣を思い起こす。
 アムネリス役のペ・ヘソンはきれいな声とスレンダーな容姿にコミカルな演技で、やり過ぎの感がなくもないがダイエットやファッションなど現代的な事物を取り入れた演出にマッチして面白い。
 アイーダを助けるメレブ役キム・ホヨンは、主人に忠実で気の利く召使という役柄をかわいらしくコミカルに演じて大人気。この役、「春香伝」のパンジャ(春香の恋人・夢龍の召使で、二人の間を取り持つ役)に似た役柄である。



 第一幕90分、第二幕50分、休憩含めて160分という長い芝居だが、エルトン・ジョンの音楽とキャストの歌の上手さに乗せられ、あっという間の160分だった。なぜ今エルトン・ジョンなのかという疑問もなくはなかったのだが、彼の曲はどれも心地よく耳に響き、幻想の世界に誘ってくれる。現代の博物館を舞台としたプロローグ・エピローグを付け加え、本編を古代エジプトへのタイムトラベルといった位置づけで見せる構造の芝居で、観客にタイムトラベルの夢を見せ続けた第一の要因はやはり音楽の力であろう。



2006-04-15

[映画]甘く、殺伐とした恋人/달콤, 살벌한 연인

18:30
ソウル劇場 1館
下階 I列18番 6,000W(チケットリンク ロイヤル・パープル会員1,000W割引)
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監督:ソン・ジェゴン/손재곤
出演:パク・ヨンウ/박용우、チェ・ガンヒ/최강희、チョ・ウンジ/조은지、チョン・ギョンホ/정경호
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 恋愛を馬鹿にして学業に専念して来た大学英文科講師ファン・テウ(パク・ヨンウ)は、ある時突然自分も彼女が欲しくなる。そんな彼の前に現れたのは、美術の勉強のためイタリア留学の準備中というイ・ミナ(チェ・ガンヒ)。出だしこそギクシャクしたものの、ミナとの交際がスタートして大喜びのテウだが、ミナはテウの友人カップルとの食事の席でドストエフスキーもモードリアンも知らない無教養ぶりを曝け出す。彼女は本当に美術専攻の学生なのか? 気まずい雰囲気を修復するため彼女に料理を作ってあげようとするテウに「家にキムチはない」と言い張るミナ。それなら部屋に置かれた不自然に大きなキムチ冷蔵庫は一体? ミナのルームメイトであるチャンミ(チョ・ウンジ)の様子も何やら怪しげ。ミナに対するテウの愛と不審は同時進行で深まって行き……。
 平凡なラブストーリーにミステリーとスリルを加味した作品。ミナの謎の行動をちらつかせながら、恋の行方に加えてミステリーの謎解きへの興味を掻き立てた脚本がうまい。実際にはかなり無理のあるストーリーなのだが、展開の妙で無理を無理と意識させない。「甘く、殺伐した恋人」の矛盾したタイトルで目を引き、「ロマンチックスリラー」という新たなジャンルの誕生と宣伝したが、看板に偽りなく、「ラブコメ」ならぬ「ロマスリ」とでも呼ぶべきか。
 テウが講師として勤務する大学、うちのキャンパスだったような。



2006-04-07

[演劇]彼女の春/그녀의 봄

20:00
東崇アートセンター小劇場
自由席 20,000W(チケットリンク・パープル会員)
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作・演出:キム・ハクソン/김학선
出演:シン・ドコ/신덕호、チェ・クキ/채국희、チェ・クァンイル/최광일、ユン・サンファ/윤상화、チョン・スンギル/정승길、チョ・ウニョン조은영、チョ・ジュヒョン/조주현、キム・サンチョン/김상천
制作:パイムコミュニケーションズ
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 時は南北統一宣言数年後、所は南北が統一試行地区及び新経済特区として作った港湾都市「径道」。この、それぞれに異なった事情を背負った人々が自らの夢を実現させようと集まってくる場所で、キム・チョリ(シン・ドコ)、リ・ウォンソク(チェ・クキ)、ハン・ギジュ(チェ・クァンイル)が出会う。
 北出身のキム・チョリは過去も祖国も恋人も捨てて、径道へやって来た。南出身のハン・ギジュは記憶を失っているが、子供の頃自分の家に火をつけた人物を探してキム・チョリを訪ねて来た。二人の男は奇妙な同居生活を始める。一方、北で優秀な女性護衛官だったリ・ウォンソクは突然姿を消した幼馴染の恋人キム・チョリを追って径道へ来て、径道ホテルのオーナー、ソ・ジソン(チョン・スンギル)の護衛役に雇われる。径道ホテルには謎のマダムM(チョ・ウニョン)が取り仕切る秘密カジノがあり、ホテルの利権を巡って北の組織「青雲会」との激しい抗争が始まる……。



 途中からストーリーに付いて行かれなくなる。キム・チョリとリ・ウォンソクの間はぎくしゃくし、ハン・ギジュは同性のキム・チョリを好きになり、青雲会はソ・ジソンの命を狙うが返り討ちにあったり仲間割れしたり。このへんは理解できるのだが、次第に明らかになっていくキム・チョリの事情、ハン・ギジュの過去が把握し切れない。肝心のところがはっきりしないため消化不良。
 ただでさえ南北間の物語は耳慣れない言葉が飛び交って聞き取りが難しいのに、架空の時と場を舞台としているので一段と分かりにくい。オープンな小劇場の舞台で、キム・チョリの家、Mの秘密カジノ、青雲会のアジトと3つの場面を度々転換するため、見ているこちらの頭の中ではストーリーがぶつ切れ状態。しかも、こんな時に頼りになるはずのプログラムに「あらすじ」がないとは……。



 役者全員、身体のキレがいい。護衛役として相手を打ち倒すチェ・クキのアクションは見事だし、昨年、野田MAPの「赤鬼 韓国バージョン」でも鋭い動きを見せていたチェ・クァンイルの身体表現力は抜群。韓国を代表する映画俳優チェ・ミンシクの弟だそうだが、兄とはイメージがかなり違う。次の舞台が楽しみな役者の一人である。



2006-04-02

[ミュージカル]ヨドクストーリー/요덕스토리

16:00
ソウル教育文化会館大劇場
A席 2階가列89番 20,000W
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制作・総演出:チョン・ソンサン/정성산
作:ユ・ヘジョン/유혜정
作曲:チャ・ギョンチャン/차경찬
振付:オ・ジェイク/오재익
北朝鮮振付:キム・ヨンスン/김영순
音楽監督:キム・ヘジン/김혜진

演:チェ・ユンジョン/최윤정(カン・リョンファ)、イム・ジェチョン/임재청(リ・ミョンス)、ジュン・キョム/준겸(リ・ヒョクチョル)、パク・ワンキュ/박완규(リ・テシク)
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 どしゃぶりの激しい雨の中、交通の便の悪い会場にたどり着けないお客さんが多かったのか、全席売り切れのはずが開演時間になっても空席が目立ち、10分遅れで開演。
 舞台は北朝鮮の政治犯が収監される「ヨドク(耀徳)収容所」。父がスパイの濡れ衣を着せられ、舞踊学科の女子大生だったカン・リョンファは家族と共にヨドク15号管理所に収監される。警備隊員による虐待や見せしめの刑罰が横行し、獣のように扱われる収容者たちには夢も希望もない。警備隊長のリ・ミョンスはリョンファと強引に関係を持ち、リョンファは妊娠、収容者たちに助けられながら出産した男の子に「ヨドク」と名付ける。リョンファを愛し始めたミョンスは自分のこれまでの人生に疑問を持ち始め、リョンファを収容所から脱走させようとするが……。
 制作・総演出のチョン・ソンサンは、平壌生まれで平壌演劇映画大学卒業の脱北者。北朝鮮舞踊の振付を担当したキム・ヨンスンも平壌総合芸術大学舞踊学部卒業、2003年に韓国への入国を果たした脱北者で、咸鏡北道15号ヨドク政治犯収容所に収監されていた経験を持つ。脱北者の実体験を元に北朝鮮の実情を広く訴えるためにこのミュージカルを制作した。政治的なメッセージを主題とした作品だが、音楽と振付のレベルが高く、リョンファとミョンスの二重唱や収容者たちのアンサンブルも良く、ミュージカルとして十分に見応え聞き応えのある舞台となっている。「神よ、南にばかり行かず、ここにも来て」という歌詞、「マツコ」という日本人収容者の存在など、目配りの効いた脚本である。
 北の同胞の悲惨な実態を知ることのできる舞台として静かにヒット。



(追記)
 4月29日(日本時間)、横田めぐみさんの母・早紀江さんがホワイトハウスでブッシュ大統領と面会して北朝鮮による拉致問題解決への協力を訴えた。日本では横田さんに焦点を当てた報道がなされているが、この懇談会には韓国側の代表として北朝鮮からの脱北者数名も参席しており、その中の一人が「ヨドクストーリー」制作・総演出のチョン・ソンサンだった。(朝鮮日報2006年4月29日付)



2006-03-25

[映画]放課後の屋上/방과후 옥상

16:00
ソウル劇場7館
I列18番 6,000W(チケットリンク・パープル会員1,000W割引)
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脚本・監督:イ・ソクフン/이석훈

演:ポン・テギュ/봉태규、キム・テヒョン/김태현、チョン・グヨン/정구연、ハ・ソクチン/하석진
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 生まれつき運のない男、ナムグン・タル(ポン・テギュ)。姓は「ナムグン」の二字、名前は「タル」の一字だが、周囲は彼を「グンタル」と呼ぶ。イジメを受けたのが原因で新しい高校へ移ったグンタルは、転校初日、イジメ・クリニックで同期だった友人のアドバイスにうっかり従ったせいで、学校を支配する番長の怒りを買ってしまう。「放課後4時に屋上で」 絶体絶命の状況から何とか逃れようとしても、常に不運が付き纏う彼が試みる努力はすべて空しく終わる。ついに、イジメを受ける同級生たちの期待を裏切って、番長の手下になる決意をするグンタルだが……。
 「クァンシクの弟クァンテ」でクドキ上手の弟クァンテで好評だったポン・テギュが、今度は極端に運がないという点を除けば平凡な高校生役を好演。制服姿にも違和感がなく、見事にはまっている。転校初日の朝から午後4時までと時間を限定したストーリー、グンタルのすることなすことすべてが裏目に出る展開を「運のない男」という設定一つで支えるバカバカしさ、ハンサムとは言えないポン・テギュの三枚目としての演技、それぞれがうまく噛み合ったコメディ。



[映画]女教師の隠密な魅力/여교수의 은밀한 매력

18:20
ソウル劇場8館
J列16番 6,000W(チケットリンク・パープル会員1,000W割引)
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脚本・監督:イ・ハ/이하

演:ムン・ソリ/문소리、チ・ジニ/지진희、パク・ウォンサン/박원상、ユ・スンモク/유승목、キム・ヨンホ/김영호、チョン・ウヒョク/정우혁、シン・ジュア/신주아
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 ムン・ソリがチ・ジニと共演する新作という以上に、奔放なセックスを連想させる大胆な人物構図のポスターで注目度の高かった作品。
 ウンソク(ムン・ソリ)は大学の染色科の教授であり、環境保護団体でも活躍する知性と美貌と社会的地位を兼ね備えた女性。彼女を口説く男性たちを気ままに操るウンソクの前に、彼女の過去の秘密を知るソッキュ(チ・ジニ)が現れ、彼女と男性たちとの関係が揺れ始める。
 知性と美貌と社会的地位を持った女性の淫らな私生活というのは、儒教の国・韓国と言えどもさほど新鮮な題材でなく、むしろ映画が描き出すのは大学教授やTV局プロデューサーなど知識人を気取る男性たちの側の欲望であり、これまた目新しいものではない。登場人物が皆、薄っぺらい欲望に動かされる薄汚い人間のように見え、映画自体がそのように見えて来るのが難。映像の面白さも、充実した脚本あってこそのものである。



2006-03-24

[演劇]悲しい演劇/슬픈연극

20:00
大学路・チョンボ小劇場
自由席 18,000W(チケットリンク・パープル会員10%オフ)
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作・演出:ミン・ボクキ/민복기

演:パク・ウォンサン/박원상、ムン・ソリ/문소리
制作:劇団チャ/イ/ム(次元移動舞台船)
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 舞台は中年夫婦の家の居間。倦怠期とも見える夫婦の会話は、取りとめもなく他愛もない日常的で瑣末なことばかり。しかし、一方が部屋を出て行くと、一方が客席に向かって語り始める。二人の出会い、少女だった妻の美しさ、初めてのデート。男は約束の何時間も前から少女を待ち続け、少女は男の待つ音楽喫茶になかなか入れなかった初恋の思い出。夫の余命はあと半年。夫と妻はそれぞれに二人の思い出、相手への愛を客席に向かって吐露して行く。
 平凡な中年夫婦の二人の芝居と、それぞれのモノローグが交互に演じられる。それぞれの語りで二人が共に歩んできた夫婦の時間が鮮明に描き出され、それが間もなく終わろうとしていることを知ってしまった者たちの悲しみが浮かび上がる。その悲しみを、後に残さねばならない者と一人で逝かせねばならない者の悲しみと辛さと定義している脚本がいい。舞台上には、居間のテーブルとソファ、観葉植物を並べた棚があるが、中盤部でそれらの家具すべてを夫が作ったと分かるのも効果的。
 パク・ウォンサンは妻にベタ惚れの三枚目がかった夫の優しさを、その夫が「きれいだ」と賞賛する妻のムン・ソリは、きれいだが完全には垢抜けず、さばさばと素っ気無い振りの裏で夫にベタ惚れの妻の可愛らしさを見せる。舞台のできる役者はやっぱりいいなと思う。
 映画スターの共演で、客席は超満員。



2006-03-22

[演劇]私に会いに来て/날 보러 와요

20:00
国立中央博物館 劇場 龍 / 극장 용
A列13番 30,000W
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作・演出:/김광림
出演:チェ・ヨンミン/최용민、リュ・テホ/류태호、クォン・ヘヒョ/권해효、キム・ネハ/김내하、ユ・ヨンス/유연수、チョン・ドンスク/정동숙、チン・ギョン/진경、キム・ジェボム/김재범/、イ・ヒョプ/이협、コン・サンア/공상아
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 映画「殺人の追憶」の原作の演劇。1996年から繰り返し上演されているが、今回は昨年国立中央博物館開館と共にオープンした劇場「龍」の独自企画「もう一度見たい演劇シリーズ」の第一弾として上演された。今年は上演10周年であると同時に、この演劇の素材となった実際の未解決連続殺人事件の最後の事件が時効を迎える。劇場ロビーでは時効の延長を嘆願するための署名活動が行われていた。
 客席に入って席を探すと、最前列センターでびっくり。もちろん自分で取った席だが、なぜこんな席を取ったのか、我ながら不思議。どうも、チケット予約時に「生クォン・ヘヒョが見たい!」というミーハー気分に囚われていたらしい。ちなみに、クォン・ヘヒョは「冬ソナ」のキム次長で有名だが、個人的には映画「선물」(邦題「ラスト・プレゼント」)のブルースブラザーズを彷彿とさせる人のいい詐欺師が好き。
 さて、プロローグは、半身不随の捜査班長と女性新聞記者の写真撮影風景。そこに、背景スクリーンに映る殺人犯のシルエットと被害者の悲鳴が重なる。舞台は警察の捜査本部。芝居は、刑事たちの捜査と被疑者の取り調べを交互に見せながら進行する。映画と異なり空間的自由が制限される演劇の舞台だが、その閉塞感が犯人にたどり着けない刑事たちの焦りやストレスを強く感じさせて効果的。と言っても、芝居はむしろキム刑事(クォン・ヘヒョ)と喫茶店の出前娘(コン・サンア)のラブストーリーなど、笑いを巻き起こしながら進んでいく。この素材でこんなに笑わせてよいのかと思うほど。今回の公演、主要な登場人物は初演時の俳優が集まっており、芝居の安定感は言うことなし。映画にも出演しているリュ・テホが、複数の容疑者を一人で演じる趣向はやはり面白く、見ごたえがある。
 最後の容疑者の容疑がDNA鑑定で否定され、捜査は白紙に戻り、捜査班長は過労で倒れる。エピローグはプロローグの続きで、犯人のシルエットが闇を跋扈する。映画では、パク・ヘイル演じる最後の容疑者に疑いを残す余韻があったが、演劇は今なおどこかにいる犯人を暗示しつつ重苦しく幕を閉じる。
 クォン・ヘヒョはテレビより映画、映画より演劇でもっと見たい。



2006-03-18

[演劇]ビューティフル・サンデイ/뷰티풀 선데이

20:00
大学路・漢陽レパートリーシアター
B列5番 招待券
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製作総監督:チェ・ヒョンイン/최형인
演出:キム・ボヨン/김보영
原作:中谷まゆみ
出演:イ・ジュナ/이주나、チョン・ジョンフン/전정훈、チョン・ウォンジョ/정원조
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 日本の「ビューティフル・サンデイ」のプロデューサー、演出家、出演者、それに劇場関係者が来韓。揃って観劇する。
 ウヌ役のイ・ジュナの演技力が抜群。可愛くて可笑しくて魅力的。演技をしていて、必要な時にすっと力を抜くことができるのが上手い。劇中の設定は35歳だが、終演後、彼女の実年齢が満25歳と聞いて、皆びっくりさせられる。
 3人とも初日より芝居が安定して、人物の輪郭がくっきり見えている。演技に集中しているのがよく分かり、結末まで一気に運んだ2時間だった。
 6人を2チームに分けてのダブルキャストと思っていたら、フレキシブルな8チームのキャストで公演を続けて行くと言う。7月頃まで延長公演するつもり、とも。専用劇場を持つ恵まれた条件の劇団とはいえ、芝居制作の環境や姿勢について考えさせられる。



★公演情報はHP「ななの本棚」内に掲載中。
「漢陽レパートリー『ビューティフル・サンデイ』」



2006-03-12

[ミュージカル]洗濯/빨래

15:00

大学路・サンミョンアートホール1館

D列3番 30,000W

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作・演出:チュ・ミンジュ/추민주

作曲:ミン・チャノン/민찬홍、シン・ギョンミ/신경미、ハン・チョンリム/한정림

出演:キム・ヨンオク/김영옥、イム・ジウン/임진웅、パク・ウニョン/박은영、オ・ミヨン/오미영、チェ・ジニョン/최진영、パク・ソンイル/박성일、キム・ジュンギ/김중기、ペク・ミラ/백미라

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 「路地路地ミュージカル」と銘打たれた小劇場ミュージカル。ソウルの路地裏の平屋アパートに住む、地方出身のOL、夫をとっかえひっかえ暮らすたくましいアジュンマ、障害者の娘を抱えた家主のおばあさん、モンゴルから来た外国人労働者の日常生活の哀歓を描く。



 書店に勤務するナヨン(キム・ヨンオク)はソウル生活5年、何度目かの引越しで裏路地の部屋に引っ越してくる。ある日、洗濯物を干しに屋上へ上がり、ソウルへ出稼ぎに来ているモンゴル人青年ソルロンゴ(イム・ジウン)に出会う。二人は次第に惹かれ合って行くが、大都市の生活は外国人労働者のソルロンゴにも、一介のOLのナヨンにも厳しい。それでも裏路地の人々は、洗濯をして、昨日を消し去り、今日のほこりを落とし、明日にアイロンをかけて生きる。



 脚本はもちろん劇中のナンバーもすべて作詞・作曲した創作ミュージカル。2005年韓国ミュージカル大賞で「作詞賞」「脚本賞」を受賞している。

 8人の俳優が3~6役(主役2人は1役のみ)を演じる。舞台はソウル路地裏の長屋風アパートとナヨンが勤務する第一書店の店内の2場面。ぴかぴかの書店店内と対照的なうらぶれた路地裏では、下手に階段と屋上、上手にも屋上と外界へ通じる階段、中央にアパートの部屋のドアが並び、大道具を動かしてその時々で大家の家、スーパー、ナヨンの部屋を作り出す。言わば、「地下鉄1号線」タイプのミュージカル。韓国はこの手の大道具の経費がかなり安く上がるのではないかと思う。



 ナヨン役のキム・ヨンオクは透明感ある容貌と声が純粋で温かい心の持ち主という役柄にはまり、誠実で素朴な雰囲気を醸し出すソルロンゴ役のイム・ジウンとのラブストーリーも微笑ましい。アパート大家のおばあさんと書店のベテラン職員の2役を演じたパク・ウニョン、どちらも見事な演技で、同一人物が演じていることに最後まで気づかなかった。



 内容・スタイル共に、ロングランを続ける「地下鉄1号線」がもたらした大学路・小劇場ミュージカルの成果の一つと言える。


2006-03-06

[映画]家なき天使/집없는 천사

13:00
韓国映像資料院・古典映画館
自由席 2000W
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監督:チェ・インギュ/최인규

演:キム・イルヘ/김일해、ムン・イェボン/문예봉、チン・フンブン/진훈분、キム・シンジェ/김신재
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 孤児のミョンジャ(キム・シンジェ)とヨンギルの姉弟は「親方」に働かされているが、ある日ヨンギルは逃げ出してしまう。浮浪児を自宅で世話していた方先生(キム・イルヘ)は、義兄(チン・フンブン)の別荘を借りて孤児院・香隣園を設立、十数人の浮浪児たちが集団生活を始める。その中にはヨンギルもいた。親方は年頃のミョンジャを売ろうとするが、親切な医者の安先生(=方先生の義兄)がミョンジャを看護婦見習いとして引き取る。方先生は園児たちにうどんを作る仕事を与えて子供たちの教育と香隣園の経営を図る。賑やかな鍾路を懐かしむ2人の子供が脱走を企て、彼らを止めようとしたヨンギルが川で溺れる。安先生が呼ばれ、ミョンジャとヨンギルは再会を果たす。親方がミョンジャとヨンギルを奪い返しに来るが、子供たちに撃退される。かつての浮浪児たちも今や立派な皇国臣民となるべく真っ直ぐな道を歩き始めた。
 巧妙に伏線が張られたプロットがいい。安先生の家の玄関から方先生の靴を盗もうとする子供。拾ったダイヤを他の子供に取られないように飲み込む子供。香隣園の薬缶を飴と取り替えてしまう子供。大雨が続いて鬱屈する子供たち、増水した川と壊れかけた橋。飴売りは子供を惑わす誘惑を、金で買ったミョンジャとヨンギルを食い物にする親方は子供の過酷な環境を象徴している。伏線とエピソードが有機的に絡み合って物語を展開させ、方先生の愛情と教育によって真っ直ぐな心を取り戻していく子供たちの様子が描かれる。
 しかし、親方を撃退した子供たちが、園の前に日の丸を揚げ「皇国臣民の誓詞」(子供バージョン?)を唱えるに到り、ここまでヒューマニズムの物語と思って見てきたものが実は天皇を頂点としたヒエラルキーの構築であったことが明らかになる。この作品では韓国語のセリフに時々日本語が混じるのだが、日本語のセリフが多い登場人物(安先生、方先生)ほど「頂点」近くに位置している。だから、子供たちは浮浪児時代にはほとんど日本語を使わず、香隣園ではカタコトの日本語を発し、ラストでは明瞭な日本語で「皇国臣民の誓詞」を唱えるのだ。この過程は、鍾路の街で喧嘩や泥棒に明け暮れ、香隣園で集団生活と労働に慣れて行き、最後には自ら「左向け左」と日本語の号令をかけてぴしっと整列するという軍隊式の秩序を披露する、という子供たちの行動様式の変化と対応している。子供たちが歩き始める「真っ直ぐな道」は皇国臣民への道でなければならないのだ。となると、飴屋と親方の意味も深読みすべきなのかもしれない。
 朝鮮半島で製作された初の文部省推薦作品。韓国語のセリフには日本語字幕が付くが、日本語のセリフには何語の字幕も付かない。松竹の配給で、ポスターに見慣れたマークがあるのが不思議な感じ。当時のソウルの街の様子が面白く、昨年復元された清渓川の昔の姿もちらっと見られる。ビールのラベルはここでも麒麟。



[映画]半島之春/반도의 봄

15:30
韓国映像資料院・古典映画館
自由席 2000W
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監督:イ・ビョンイル/이병일

演:キム・イルヘ/김일해、キム・ソヨン/김소영、ポク・ヘスク/복혜숙
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 東亜映画社の文芸部に勤めるイ・ヨンイル(キム・イルヘ)は友人の妹チョンヒ(キム・ソヨン)をレコード会社に紹介する。二人はいつしか惹かれあうようになる。東亜映画はヨンイル原作の「春香伝」を製作中だが、主演女優のアンナが役を降りてしまう。監督のホフンとヨンイルは代役にチョンヒを立て、チョンヒは素晴らしい才能を発揮するが、制作費が不足して撮影は行き詰まる。チョンヒは自分に目をかけてくれる部長に借金を申し込むが、結婚の交換条件を拒絶して席を立つ。ヨンイルは会社の金を製作費に回し、横領罪で拘束される。ヨンイルを愛するアンナは会社の金を弁済し、身体を壊したヨンイルの看病にいそしむ。「春香伝」はヨンイルが行方不明のまま製作が続けられる。その間に大資本が映画業界に参入し、東亜映画社も半島映画社という大会社に吸収されて資金不足は解消する。半島映画社第一回作品「春香伝」封切の日、ヨンイルがアンナと共に姿を現し、ショックを受けたチョンヒは倒れてしまう。アンナはヨンイルとチョンヒのために身を引く決意をする。後日、ヨンイルとチョンヒは映画産業視察のため東京へ旅立つ。
 情熱をもって映画を作り続けるヨンイルたちを部長は「水呑み芸術家」と皮肉るが、その部長とて経営基盤の不安定な映画会社の一員でしかない。映画業界の経済を安定させるのは資本主義の発展である。ラストシーンはヨンイルとチョンヒを見送る映画監督ホフンのバストアップで終わり、この作品が映画人の志を軸としていることが見て取れる。
 韓国語と日本語のセリフが半々。スクリーンの右には本来の日本語字幕、下には最近つけたと思しき韓国語字幕が出る。2つの言語の使い分けの基準が判断しにくいのだが、登場人物が自らの心情を語る時、登場人物が自分の地位や立場を強調する時、登場人物がカッコつけようとする時、登場人物が何となく使いたくなった時、に日本語が使われているようだ。
 劇中、「春香伝」の撮影シーンが見られて面白い。封切の日の映画館には「芸道一代記」「ロビンソンクルーソー漂流記」「李香蘭と???」という宣伝用垂れ幕がかかっていた。「芸道一代記」は溝口健二監督作品が1941年でどんぴしゃ。ロビンソン・クルーソーの話は度々映画化されていて、近いところでは1940年「新ロビンソン漂流記」(米)というのがあるらしい。戦時下アメリカ映画の上映が禁止されるのは真珠湾攻撃の翌日41年12月9日のこと。最後の「李香蘭」云々は不明。映画ではないのかもれない。ちなみに、会場の日劇を七回り半の観客が取り巻いたという伝説の「歌ふ李香蘭」公演が行われたのがこの年の紀元節。
 ビールは「麒麟」、タバコは「みどり」。



2006-03-05

[映画]迷夢/미몽

15:30
韓国映像資料院・古典映画館
自由席 2000W
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監督:ヤン・ジュナム/양주남

演:ムン・イェボン/문예봉、チョ・テグォン/조택원、キム・インギュ/김인규
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 韓国映像資料院が進めている過去の韓国映画フィルムの探索事業により、2005年末中国で新しく3編のフィルムが発見された。その中の1編、この「미몽(迷夢)」は1936年の製作で、現存する最古の韓国映画である。そこで、<最古の韓国映画「迷夢」発掘公開展>と銘打ち、今回発見されたフィルム3編と2004年に発見された4編を上映する特別企画展が催されることになった。発掘した貴重なフィルムをこんなふうにすぐに、しかもタダみたいな料金で公開上映するところが韓国の良い所だ。
 古いフィルムで映像も音も状態が良いとは思えず、セリフが聞き取れるか、ストーリーが理解できるか心配していたのだが、1936年作品には日本語字幕がついていた。ついでに言えば、主人公が買った娘の服は「30円」で、男と飲むビールのラベルには「麒麟」の絵があった。当時の様子が窺えるのが嬉しく、かつ心が痛む。
 映画は夫婦喧嘩の場面で始まる。妻が毎日出歩いてばかりいるのが夫は気に入らない。ある日、妻は自分のバッグを拾ってくれた男と飲みに行く。実は妻の美しさに目をつけた男がバッグを掠め取って親切を装ったのだが。酔って帰った妻に夫は離縁を宣告し、妻は夫と娘を捨ててホテルの豪奢な部屋で暮らす男の元に走る。二人は優雅な甘い生活を楽しむが、男が実は洗濯屋に下宿する文無しで、金のために強盗を働いたことに気づいた女は、男を警察に通報してホテルを去る。女は釜山行きの汽車に乗るためタクシーを急がせ、スピードを上げたタクシーは女学生を轢いてしまう。轢かれたのは女の娘だった。病院で娘は命を取り留め、娘に付き添っていた女は服毒自殺を図る。夫が拳銃を片手に病室へ駆け込んで来た時、妻はすでに死を迎えていた。
 ネット上で「미몽」というハングルのタイトルを見た時、漢字表記の見当が全くつかなかった(したがってタイトルの意味も全く分からなかった)のだが、「迷夢」となれば道を外れて迷いながら夢の中のように人生を漂う主人公の行動を表しているのだろう。
 47分という短い映像で、何度か映像が途切れて場面が飛ぶ箇所もあり、ストーリーや人間関係の詳細が完全には分からない。夫婦仲が悪いのは妻の奔放な性格のためらしく、妻は毎日高い洋服を買い漁り、初対面の見知らぬ男と二人で酒を飲みに行ったり、半裸で舞台に立つ前衛的な男性舞踊家に近づこうとしたりするエピソードが描かれる。その一方で、夫婦の家の軒には鳥籠がぶらさがり、これはやはり「籠の鳥」の象徴なのだろう。所々に面白い映像が見られる。妻が化粧をする鏡台の鏡に夫の顔が映っている構図から、妻が鏡を回転させて夫の顔を消してしまう。妻・夫・娘の顔が縦に斜めに並ぶ構図では、一番手前の妻が最も大きく、ピントも妻に合っている。伝統的な朝鮮の住宅の夫婦の家と、天蓋付きベッドに洒落たテーブルとイスが備えられた西洋風で豪華なホテルの部屋の対照。ソウル駅で汽車に間に合わず竜山駅までタクシーを走らせる場面では、汽車とタクシーが並行して競走しているかの如く見せつつ、主人公を破滅へと導く。
 音楽はすべて洋楽(ジャズ?とクラシック)で、意外に明るく軽快な印象を受ける。
 ちなみに、1936年製作の日本映画を調べてみたら、溝口健二「祇園の姉妹」とか岡田敬「エノケンの江戸っ子三太」とかマキノ正博「忠烈肉弾三勇士」とかがあった。



2006-03-03

[演劇]ビューティフル・サンデイ/뷰티풀 선데이

20:00
大学路・漢陽レパートリーシアター
F列9番 12500W(初期前売50%割引)
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製作総監督:チェ・ヒョンイン/최형인
演出:キム・ボヨン/김보영
原作:中谷まゆみ

演:イ・ジュナ/이주나、チョン・ジョンフン/전정훈、チョン・ウォンジョ/정원조
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 中谷まゆみの脚本「ビューティフル・サンデイ」(2000年初演、板垣恭一演出、サードステージ・プロデュース)を韓国語に翻訳しての上演。私が劇団に紹介して上演にこぎつけた作品だったりするため、ドキドキで初日に駆けつけた。
 同性愛カップルのチョンジン(チョン・ジョンフン)とジュンソク(チョン・ウォンジョ)の同居3周年記念日に、二人の住む部屋の前住者ウヌ(イ・ジュナ)が酒に酔ってうっかり入り込んで来てしまう。この部屋から見える家の主人との不倫の傷が癒えないウヌ、売れない絵を描きながらチョンジンの稼ぎで暮らすエイズ患者のジュンソク、母のため田舎で見合いをして家を建てる計画を持つチョンジン。3人はそれぞれ隠していた自分の想いをさらけ出し、互いを理解するようになる。
 原作の設定を日本から韓国に変えてはあるが、ストーリーと台詞はほぼ原作通り。イ・ジュナが悪意のないとぼけた侵入者を巧みに演じ、事ある度にドタバタ慌しく動き回るチョンジン、華奢で人懐っこいチョン・ウォンジョと3人のアンサンブルもよい。
 小さなボックスを積み重ね、丁寧に可愛らしく無雑作っぽく作りこんだ大道具・小道具が作品世界をよく象徴している。原作で歌うユーミンの代わりに挿入したインディーズのフィドルバンビ「バナナ牛乳」の替え歌がめちゃ受け。演出・演技・舞台・音楽、原作に忠実なのに韓国らしいアクの強さが面白い。
 日程未定ながらダブルキャスティングが予定されており、別チームも楽しみ。



★公演情報はHP「ななの本棚」内に掲載中。
「漢陽レパートリー『ビューティフル・サンデイ』」



2006-03-01

200602

現在、今月のデータはありません。



2006-01-26

[ミュージカル]ジキルとハイド/지킬앤하이드




19:30
芸術の殿堂 オペラハウス
B席 4階B列11番 30000W
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脚本:

演出・振付:David Swan
制作監督:キム・ドゥヒョン/김두현
出演:チョ・スンウ/조승우、イ・ヘギョン/이혜경、キム・ソニョン/김선영、キム・ボンファン/김봉환、キム・ソンギ/김성기
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 2004年大ヒットしてチョ・スンウをトップスターに押し上げた「ジキルとハイド」のアンコール公演。連日満員だった初演時のキャストが帰って来たというのがウリ。会場はチョ・スンウ目当ての若い女性で溢れていた。
 元々映画の世界で演技力には定評のあるチョ・スンウ、ハイドが現れる前のジキルでは演技も歌も押さえ気味だったが、ハイドになると姿勢も声も変えて悪の宿る身体を表現、それにつれてジキルの芝居も輝いてくる。第二幕で舞台が広くなってからの堂々たる存在感は見事。相手役となる二人の女優は歌唱力抜群。エマ役イ・ヘギョンの優しく美しい声、ルーシー役キム・ソニョンの艶やかで力強い声、どちらも素晴らしかった。
 プログラムによれば初演時より舞台装置も衣装もグレードアップしているそうで、オーケストラを入れての生演奏と共に、現時点での韓国人キャストによるブロードウェイ・ミュージカルの到達点と言える。



2006-01-21

[ミュージカル]プロデューサーズ/프로듀서스

20:00
国立劇場ヘオルム劇場
R席 1階D列16番 72000W(早期予約20%割引)
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原作:Mel Brooks、Thomas Meehan
音楽・原作詞:Mel Brooks
演出:Bill Burns、ハン・ジンソプ/한진섭、キム・ジウク/김지욱
出演:ソン・ヨンテ/송용태、キム・ダヒョン/김다현、チェ・チョンウォン/최정원、イ・ヒジョン/이희정、チェ・ビョングァン/최병광、ハム・スンヒョン/함승현
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 ブロードウェイ・ミュージカルの韓国人キャスト版。ソン・ヨンテが海千山千のプロデューサー・マックスを好演。特に、監獄でこれまでの出来事を振り返るシーンが鮮やかで、芸達者ぶりを見せつけた。レオ役キム・ダヒョンは昨年「ヘドウィグ」に主演、甘いマスクで人気上昇中の注目株。小劇場の空間をニューハーフ的な美貌で押し切ったヘドウィグ役と違い、大劇場の正統派ミュージカルでは歌も踊りも力不足は否めないが、頼りないプロデューサー志望の若者という役柄にははまっていた。今後もミュージカルの舞台に立つのなら、タップダンスはマスターしてほしい。ゲイの演出家役イ・ヒジョン、珍妙な原作を提供する作家役のチェ・ビョングァンと、優れた歌唱力と演技力を持つ役者が脇を固めたお陰もあり、楽しめる舞台だった。



 主役のソン・ヨンテは映画「シルミド」「公共の敵2」に頭の固い上官・上司の役で出演している。権力者側の立場から体制擁護に回り、前者ではアン・ソンギの、後者ではソル・ギョングの現場からの訴えを退ける役どころ。役柄に相応しい太り気味の体型に厳つくふてぶてしい表情の印象が強く、これほど軽やかに歌って踊れる人とは知らなかった。



2006-01-01

200512

現在、今月のデータはありません。